2014年3月23日日曜日

続けること

なかなか普段続けていると思っていることでも、実はしっかりと取り組むことはできていなくて、本質から遠ざかっていたりすることが有ります。僕はそうです。普段プログラムを仕事で書いていても、実は良いプログラムを書くと言いながら、仕事に適したプログラムを書いてしまったりします。もちろんそれが効果的に働いて仕事は回っていくのですが、本当に美しいプログラムを書くというのは現実世界からは少し遠いものだったりするのだと思います。

さっきあげた「旅立ちの日に」もそうかもしれません。シンプルで、わかりやすくて、誰にでも聴きやすい、しかも聴いてもらいやすい曲です。伝わりやすい曲を伝わるように丁寧に弾く。これも適した弾き方なのかもしれません。僕自身「旅立ちの日に」は卒業式でも歌ったことが有ります。いまでも好きな曲ですし、イントロを聴くだけで卒業を想起します。また、聴いてくださっていたり、数少ないこの文章を呼んでくださっていたりする方々に観ていただいたり聴いていただいたりするために、こういう曲を弾くことの意義があると思います。仕事におけるプログラムを書くということは、僕にとってはこれに近いもののように思います。結果が出て、プログラマじゃない方にもわかりやすく伝わるものです。むしろわかりやすく結果を出すことが大事です。コンスタントに、役に立つものをつくること。こうして価値を生み出すことが出来ます。

では美しいプログラムとはなんなのかというと、僕の中でも答えがありません。ただひとつ、僕自信もプログラマの端くれとして常に、理想的なプログラムを書きたいと思っています。自己満足を求めているのかもしれません。現実にある問題を少しきれいな世界に持って行って、そこで少しでも納得の行くコードに落としこむこと。これは僕の楽しみの一つでも有ります。

そうしたコードに近づくためには、2つのアプローチが有ります。1つは、現実から少しきれいな世界に持っていく方法を知ること。もう1つは、きれいな世界を知り、現実に落としこんでいくことです。2つは似ているようで、順序が異なります。前者は実学的で、後者は学術的なアプローチであるというとしっくり来る方もいらっしゃるかもしれません。僕としては両方のアプローチがかけると前進が遅くなってしまうことを感じています。少なくとも、長期的にはそうです。短期的に目の前の仕事が忙しく感じられても、また後者を補う時間をとること。そうすると次に直面した問題にまた新しい角度から取り組むことができるようになります。

今まさに感覚として、後者が弱い時期にあるので、3月も終わりで次の期というのを肌にうすうすと感じるのも相まって、基礎の見直しをしています。こうして意識的とも無意識的とも言えるような繰り返しをしながら、プログラムを書き続けています。

「旅立ちの日に」を弾いてみました



卒業シーズンということで、弾いてみました。楽譜は現代ギター3月号に載っていたものです。


2014年3月10日月曜日

EUPHORIAのCDがでました

去年の末に録音に参加させていただいたEUPHORIAのCDが2014/02/17に発売されました。

Mandolin Ensemble EUPHORIA
http://euphoria.tokyo.jp/

販売価格: ¥2,000(税込)
リリース日: 2014年2月17日
レーベル: PLEINDIRE
販売元: プランディール音楽事務所株式会社

収録曲

  1. Toccatina (N.Kapustin/堀 雅貴)
  2. Fest Walzer (堀 雅貴)
  3. Euphoria (堀 雅貴)
  4. 人生のメリーゴーランド (久石 譲/小関 利幸)
  5. チェロとピアノの為の3つの作品より 第1曲 (N.Boulanger/堀 雅貴)
  6. 鳥の人 (久石 譲/小関 利幸)
  7. 祈り -for Mandolin Orchestra- (堀 雅貴・幡田 賢彦/小関 利幸)

全曲にギターで参加しています。堀さんのオリジナル曲から映画音楽まで、全体を通して聴きやすいアルバムになっています。

このメンバーで録音をするのは2回目です。

Source: Mandolinspiritsリリースとインストアライブのお知らせ http://blog.kentasuzuki.net/2011/07/mandolinspirits.html

2年半ほど経ちました。このMandolinspiritsのリリースの後に堀さんが1年間留学されており、帰国されてから再度集まった、というのがことの経緯です。なかなか継続して録音をする機会はないので、個人的にも楽しめた録音となりました。

お店で見かけたら是非聴いていただけると幸いです。

「プレ素」9回目の「音楽会」のおしらせ

平成26年4月20日(日)に演奏会を行います。是非ご来場くださいませ。

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「プレ素」9回目の「音楽会」

1部

教会コンチェルト op.2-9(E.ダッラーバコ)
ロマンス op.26(J.S.スヴェンセン)
ローレライ・パラフレーズ(S.ラニエリ)
シャコンヌ(J.S.バッハ)

指揮 久保 光司

2部

組曲スペイン(S.ファルボ G.)
コンチェルト・カプリチオーソ(H.バウマン)
マンドリン独奏 桜井 至誠
組曲ドリー(G.フォーレ)

指揮 小穴 雄一

※演目は予定です。変更する場合もございます。 恐れ入りますが未就学児の入場はご遠慮ください。

平成26年4月20日(日)
13:00(開場)13:30(開演) JR新橋駅
前売り 1,500円 当日 2,000円
浜離宮朝日ホール

チケットのお申し込みは、団員または下記へお問い合わせください。

株式会社イケガク 03-5952-1391 http://www.ikegaku.co.jp/
絃楽器のイグチ 03-3378-5357 http://iguchi.main.jp/
桜井マンドリン研究所 03-3253-5575 http://www.sakurai-mandolin.com/

2014年3月9日日曜日

昨日借りたCD

クラシックとジャズ半々だった。



“エタニティー” ソロ・アコースティック
ウルフ・ワケーニウス

238 CREST 1000~J.ケージ
高橋悠治    CD    クラシック

アイヴズ:ソナタ集
ハーン(ヒラリー)  CD    クラシック

アンダーカレント
ビル・エヴァンス/ジム・ホール  CD    洋楽ジャズ

インターモデュレーション
ビル・エヴァンス/ジム・ホール  CD    洋楽ジャズ

ガーシュウィン/ラプソディ イン ブルー
バーンスタイン(レナード)  CD    クラシック

フォー・ジャンゴ
ジョー・パス    CD    洋楽ジャズ

ヨーロピアン クインテット
ジェシ・ヴァン・ルーラー    CD    洋楽ジャズ

新ウィーン楽派作品集
インバル(エリアフ)    CD    クラシック

竹取物語◎貴志 康一作品集
小栗まち絵  CD    クラシック

もう少しクラシックから離れたところでも弾けるようになりたいと思ったり。

プログラマと演奏家

奇跡の脳という本がある。脳科学者であるジルさんが、脳卒中で倒れてしまってから脳の機能を取り戻していくまでを書いた本だ。

奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

脳の機能について滔々と喋れるほど明るくはないのだが、右脳について気持ちよさを感じるという描写が日常と結びつく部分があった。これを書いてみたい。

左脳の機能が脳卒中によって停止してしまった時の状態を、柔らかい文体で綴られている。「体と世界の境界が曖昧になって、もう私はまるで宇宙と一体になってしまった」なんて書かれると、あれそれどこのSFなんでしょうと言いたくなるほど。でも不思議と平和な気分になって、些細な事に幸せを感じられるようになる。例えば瞑想をしているときのような、というような文があるが、これはチベット仏教での瞑想の本や、いわゆる無意識下に意識を置くような状況を解説する本でよく現れる表現だ。あくまで感覚としてそれが綴られている。面白い。

はてさてそれを真に受けて「世界と一体になろう」という話をいまから書こうとしているのではない。

音を出すという行為を考えてみよう。ギターの弦をくいっと引っ張って、そっと離す。音が出る。ああ、素晴らしい。楽器ってこんなふうに音がなるんだ!もう一度引っ張って、離す。また音が出る。ああ、また素晴らしい。なんでこんなふうに音がなるのだろう。なんでこんなふうに素敵な音が出るのだろう。

そんな原体験が、きっと演奏という行為にはとても身近にある。僕が最初にギターを弾いた時というのもそうだった。

プログラムを書くという行為を考えてみよう。さあ黒い画面を開いて。よくわからないけど、本に書いてあるとおりにやってみよう。irbと打ち込んで、"Hello World"するだけ。おお、なにか出る。2 * 3をしてみよう。6がでる。おお。答えが帰ってくる。

プログラムを書くという行為は、画面に確実に、何か答えを返してくれる。そういうときに僕たちはコンピュータを何かに使えるんじゃないかと考えられるようになるし、何か別のことにも生かせるんじゃないかと考えられるようになる。

「純粋に感じよう」「初心を忘れずに」とはよく言ったものだが、じゃあ何が初心で何が純粋なのかというのがわからないと、忘れてしまうし、感じられなくなってしまう。どういう体験が、どういう行為が、どういう感情が、初心で純粋たるのか。常に僕らの眼の前にあって、手の中にあって、触れているものなのに、なぜかいつもそれを忘れがちになってしまう。

「演奏できるってなんか本当に素晴らしいですね」と「プログラミングってなんか本当に素晴らしいですね」という話をされるときがあるのだけれど、どうしてもプログラミングの場合は、何かが実現できるから、あなたのスキルは素晴らしい、というような話になりがちに思う。音楽の場合はもう少し、その出てきた音そのものについて本当に素晴らしいと思ってくれている人が多くて、音楽って素晴らしいですねという話になる。演奏と音楽の関係って、プログラミングとシステムの関係なのかもしれない。音楽それ自体は演奏だけでは成り立たなくて、曲を作る人、楽器を作る人、音のなる場所、それまでの音楽の歴史が、その瞬間の音楽を作ってる。システムも、いまこの僕がタイピングしているPCを作る人、言語を作る人、全体を設計する人、システムが動く場所があって、そこにあるシステムを動かし続けてる。

どうしてプログラミングはそれ自体が素晴らしいと感じるのが難しいんだろう。もっと気楽に、弦を弾いたり、太鼓を叩いたりするように触れられないのだろうか。やってみると意外と簡単に動くのに、みんな今眼の前で触っているPCのエディタを開いて走らせるだけで。

何かを好きになっていく時には、そのときどきにこういう純粋な喜びを感じる。ギターでFのコードが抑えられるようになった時、初めて関数を書いて実行できた時。ああこれは素晴らしい物がこのさきにはまだまだ待っているのだなあと感じる時が、未だにある。だから両方共楽しんで続けている。

何かをより楽しむために、勉強をしたり練習をしたりする。その過程は大変だったりするけど、純粋にそれを楽しめているか。奇跡の脳をリハビリしていく過程が、これと妙に重なりあった。