2016年8月13日土曜日

継続すること

継続することはやはり難しいことだと、また思うようになった。

自分よりキャリアの長いプログラマの方というのはたくさんいる。私もプロのエンジニアとして働き始めて数年が過ぎた。ある一定のものを作れるようになったという感覚もあるし、自信もある。それでもまだ一桁年である。私が尊敬するエンジニアには、親の世代の人たちも数多くいる。

文章やコードを書いたりしながら、次に書くものが自分にとって面白いか否か、ということを気にしながら続けてきた。取り組むべき問題であるか、面白い問題か、そこに時間をかけるべきかを考えてから着手する。集中して取り組むことができればよい。集中できない時は何らかの問題があって、これをうまく解決するために工夫をするということを重ねてきた。

自分の中でのソフトウェアへの関心は年々変わってきている。最初はインターネットが好きだという一心でプログラムを書くようになった。その後バイトをしながら、人が時間を短縮するための便利なツールを書くことが面白いと思うようになり、いくつかの業務用のツールを書いた。Webサービスを作り、広告に携わり、データを見てきた。今はよりソフトウェアの基盤やコンピュータに興味が移ってきている。例えば言語や開発者のためのツールなどが含まれる。給料をいただきながら仕事をやりつつも、メインの仕事ではない近隣の領域にも興味は移っていく。携わっていることについてやりきれるかどうか、というのはいつだって不安だし、困難がある。巡り巡って何かがよくできるようになっていることもある。そして今後、どういうソフトウェアを書くことになるのかはわからない。

rebuild.fm/153 での話もそうだけれど、学びたいと思ったら学べる職業であるというのは稀有なことなのかもしれない。だからこそソフトウェアエンジニアという職業は楽しい。あるいは、そういう興味の連鎖が継続することそのものなのかもしれないとも思う。すごいな、かっこいいな、と思ったことを自分でも手を動かして試すことができるか。そして試すことを続けているか、ということを、今一度自問した。

「才能とは、一瞬のひらめきやきらめきではなく、情熱や努力を継続できる力」  なのだと思う。