2015年7月20日月曜日

SHIROBAKOを見た

ほとんどアニメは見ないのだけれど、rebuild.fmでいつも話題になっているのでこの三連休で一気にみた。

ああ、このアニメはアニメ好きな人が作ったのだなと感じた。

SHIROBAKOというのはアニメをつくるアニメである。あるアニメの制作会社におけるアニメづくりのあれこれを、そこで働く子たちの視点から描いたアニメだ。自分たちがつくっているものを題材にストーリーをつくり、作品にするというのは想像しただけでも面白そうだ。NHKで今放映されている美女と男子もこの類のもので、役者として成長していく姿を描くドラマである。SHIROBAKOからはものをつくる細かいプロセスや、ささいな調整ごと、ときにがさつな担当者と衝突すること、時間との戦い、ぎりぎりまでクオリティをあげること、といったチームでのものづくりの裏側にあることが要所要所に散りばめられている。「ああ、こういうことあるある」というのをつぶやきながら見ていた。

アニメの作り方はよくしらないが、自分のやっているソフトウェアエンジニアリングにあてはめてみていた。

* アニメーター: デザイナー
* 3Dモデルつくるひと: ソフトウェアプログラマ
* ストーリーをつくるひと: 設計をするひと
* 監督: プロダクトマネージャー
* デスク: プロジェクトマネージャー

というところだろうか。わたしの仕事の仕方だと設計をする人と書く人は同一である場合がほとんどだ。場合によってプロダクトマネージャーと相談することになる。またチームの大きさによってはプロダクトマネージャーとプロジェクトマネージャーを兼ねている人がいる場合もある。SHIROBAKOの場合、監督というのはアニメの流れを考えていたし、ちょっと立ち位置が違うのかもしれない。でもああいう奔放な感じの人が監督だと、デスクは大変なんだろうなという感じはある。ああ、それと

* 原作者: 不明

原作者というポジションはないのかもしれない。仕事を請ける立場であったら発注元、かつそのシステムをつくることをデザインしたひと、というところだろうか。

ともあれ、じゃあソフトウェアエンジニリングをソフトウェアエンジニアリングで描けるかというとちょっと難しそうだ。セルフコンパイルできる言語をつくるというのともまた違う。勝手にプログラムを書いてくれるプログラムを書くことが近いだろうか。だとすると、それをみていてもSHIROBAKOのような面白さにはならないだろうなという気がする。

2015年7月16日木曜日

トレヴェニアンのシブミを読みました

「パールストリートのクレイジー女たち」はトレヴェニアンの最後の小説でした。家の近くのバーで薦められて、一息に読んでしまいました。

このトレヴェニアンという作家を知ったのはこのときでした。何か不思議と、徒然とした文体から興味をもったので、他の作品も読んでみようと思い、手にとったのが「シブミ」です。

「シブミ」は暗殺者の物語です。わたしはあまりスパイものなどの作品は馴染みがなかったので最初読むかどうかを悩みました。今は楽しめて読めたので、そんな最初の戸惑いもどこかにいってしまいました。

Amazon.co.jpの作品紹介文は以下のものです。

ミュンヘン・オリンピックのテロ事件の犯人に報復するべく、ユダヤ人グループは立ち上がった。だが、その計画は事前に察知され、グループのメンバー二人が虐殺されてしまう。虐殺の首謀者は巨大組織“マザー・カンパニイ”。一人生き残ったハンナは、からくもその惨劇の場から脱出し、バスク地方に隠遁する孤高の男に助けを求めた―“シブミ”を会得した暗殺者ニコライ・ヘルに。世界中を熱狂させた冒険小説の金字塔。
「シブミ」とは渋みのことです。その日本的の情緒の描写と、碁と精神世界との関連を書きつつ、青年期を経たヘルのその後。この時間の流れを楽しむことができました。日本を離れても、自宅に日本庭園を作る様子。わたしたちが普通に生活していると徐々に離れているものでもあります。そうした日本的なものにこの作品で触れると予想していなかったので、逆にはっとさせられたのでした。

Amazon.co.jpのシブミのページ