2014年9月7日日曜日

学生のときにエンジニアという職業について考えていたことを今振り返って

学生エンジニアと話す機会が増えました。

先週、学生エンジニア向けインターンTreasureの講師を担当したのです。私はサーバサイドエンジニアリングの領域が担当で、Web API設計やPHPによるAPIサーバの実装、TDDなどについて講義しました。学生は20名ほどおり、みんな熱心に予習をしてきており、その学習意欲には驚きました。実習を交えつつ、講義を進めながら、黙々と作業に没頭する彼ら彼女らをみていると、学習することの楽しさと未知であることに触れる素晴らしさを改めて感じます。誰も生まれた時からプログラムを書くことが出来る人はいません。コツコツと何かを続けていって、いつの間にか自分の考えたものがつくれるようになっている。そういうものだと私は感じています。昨日できなかったことが、今日はできるようになった。昨日これっぽっちもわからないと思えたことが、今日は少しわかったような気がする。その積み重ねが、また次のステップに向かう気持ちを後押ししてくれるのです。

そんな彼ら彼女らをみて、私が職業エンジニアになったときの決断を思い出しました。もともと私はエンジニアとして働こうという気はあまりありませんでした。エンジニアとして働くというのはとても大変なことで、覚えることが多くて、しんどい仕事だと思っていたからです。毎日毎日知らないことと触れて、自分よりもエンジニアリングを知っている人たちに囲まれて、それでも自信をもってやっていくことができるのだろうかという漠然とした不安があったのです。エンジニアというのは何でも知っているように見えます。Webに携わるエンジニアのカバーしている領域というのは、とても広いです。Webの仕組みについて知るのはもちろんのこと、Webブラウザのこと、どのように心地よいインタフェースをつくるかを知ること、使いやすいWeb APIとその設計のこと、セキュリティのこと、ネットワークと通信の仕組みのこと、サーバを運用する方法、Linuxについて知ること、データベースについて知ること、データを分析する方法、デプロイの仕組み、継続してテストをする仕組みの作り方、チームでの快適な開発の仕方、良いコードを書き方、そして良いサービスをつくる方法を探り、それらを追い続けること。なんと知らなければならないことが多いのでしょう。知らないことを知ろうとして領域を見渡そうとすればするほど、その境界が遥か遠くに離れているのではないかと思わされる時があります。終わりが見えないのです。

そうしたことを想像すればするほど、職業としてエンジニアをするのはとても大変なことなのだ、ああ難しくてそれを仕事とするのはとても怖いことなのではと思っていたのです。それがある日、そういった気持ちを全部ひっくり返して、エンジニアになる覚悟をしました。もうきっと私にはそんな大それた多くのこと、素晴らしい先人たちがつくってきたコンピュータと、それを成り立たせている計算機科学の世界に入って、それを実世界に活かすという大それたことはできない、そう思っていたのにもかかわらず、なぜかやはりそこをやりたいと思ってしまったのです。ああ、もう今でもそれが正解か失敗かなんてわかりません。でもそのときにしたのは、エンジニアになるという覚悟でした。それは、やはりそこを知りたいという気持ちと、ここに書いたようなことが面白いと感じることを続けること、そしてそれを知る努力を辞めない覚悟でした。好きになって、素晴らしいと感じたことに携わって、それを知り、自分から少しでも関わりたいと思えたからこそ、あのときエンジニアとして働き始めることができました。どんなに難しく感じても、やっぱりインターネットが好きだし、コンピュータが好きだという気持ちは変わらない。だから学び続けられる、と思ったのでした。

これは大学院修士2年になるころのことです。そういう経緯で私はエンジニアを職業とすることにしました。その後はTrippieceを作ったり、引き続きWebの研究を続けていきました。徐々に後輩たちも職業を選ぶ時間になって、「エンジニアってどうですか?」と聴かれた時に、僕はしばらくエンジニアという職業を薦めることができませんでした。いや、正確には今もなかなか薦められません。どうしてもエンジニアリングが好きだと思える人じゃないと、辛くなった時に好きでい続けられるかと心配してしまうのです。だから今でも職業としてエンジニアをやることを薦めることは少ないのです。聞いてくる人は悩んでいるということなので、なかなか答えづらいのです。でも私も悩んでいましたから、当時の私にそういう質問をされていたら、「君はエンジニアにならないほうがいいね」と言ってしまっていたかもしれません。

さてそんな覚悟をして今こうしてエンジニアとして働き始めて、少し考えが変わったことが有ります。変わったというより、職業とし始めてからわかったことがあります。

1つ目は、最初から全てを知ろうとしなくても良いということです。少しずつ、自分のわかる領域からちょっと広げていくように、少しずつ、学んでいけばいいのです。学ぶという点においてより大事なのは、毎日、毎時間、少しずつ学び続けることです。自分の好きなことへの興味を持続しさえすれば、遅くても早くても確実に何か自分の目指しているものに近づいていくということです。

2つ目は、チームで働くことの楽しさです。私は全てのことを知ろうとしましたが、実際には専門となる領域をもったメンバーが集まると、彼ら彼女らに頼ることができるのです。これは素晴らしい経験です。そこには年齢は関係なく、素晴らしい知識や知見を持っているメンバーが多くいます。私はメンバーを尊敬していますし、よくほかのメンバーから学びます。そして頼ります。それで良いのだと、思っています。もちろん、自分が学び続けていないとあっという間に自分が提供できるものはなくなっていってしまいます。だから、お互いに学ぶのです。そしてそれが楽しいのだと思います。

3つ目は、オープンであることの素晴らしさです。コードもコミュニケーションも、オープンであることは素晴らしいです。社外社内の枠に関わらず、エンジニアというのは常に学ぶことが出来ます。自分の使っているサーバプロセスがなぜそのような挙動になってしまったのか、ということを知りたければコードを追って原因を特定することが出来ます。もちろん、普段使っているサーバのOSだって読むことが出来ます。コードによるコミュニケーションだけでなく、実際にそうした身の回りの開発者と会って、話をすることができます。そこにはいつも何かしらの発見があります。そして自分自身から発信すれば、またそこから得るものが有ります。少なくともこのエンジニアという職業には、こういった場やオープンな物事から学ぶ機会が、星の数ほどあります。

私自身が想像していたよりも、エンジニアとして仕事をすることはとても楽しく、刺激的なことでした。エンジニアになるという決意をしてからは、ぐっと加速して色々なことを知り、手を動かし、それまでは触れることも出来なかったものを経験することができるようになりました。計算機というのは、本当に素晴らしいものです。そして今も時間を見つけては知らないことを知っては学び、さらに知らないことを見つけることを続けています。

2014年5月4日日曜日

2014ラ・フォル・ジュルネ初日, 「祝祭の夜」を観てきました



毎年GWはラ・フォル・ジュルネに行っています。もう今年で10回目だそう。

今日は117でアルゲリッチが出るということで、首を長くして待っておりました。初めてアルゲリッチを生で聴けるというので楽しみにしていました。プログラムは以下のとおりです。

特別追加公演「祝祭の夜」
■公演番号:117
■公演日時:2014年5月3日(土・祝) 22:15~23:10 開場21:30
■会場  :東京国際フォーラム ホールA
■出演  :マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)/酒井茜(ピアノ)/ギドン・クレーメル(ヴァイオリン)
      /堀米ゆず子(ヴァイオリン)/川本嘉子(ヴィオラ)/ギードゥレ・ディルバナウスカイテ(チェロ)
      /吉田秀(コントラバス)/ジュリエット・ユレル(フルート)
      /ラファエル・セヴェール(クラリネット)/安江佐和子(パーカッション) ほか

■曲目  :ストラヴィンスキー:春の祭典(2台ピアノ版)
      サン=サーンス:動物の謝肉祭

http://www.lfj.jp/lfj_2014/news/2014/04/53.html より抜粋

春の祭典は酒井さんとアルゲリッチの2台ピアノ。すさまじい緊張感のなかで始まりました。アルゲリッチが椅子の具合が悪かったのか、最初調整に時間がかかっていて、と思ったらふっと一音目を出し始めました。 ああ、始まった、と思っていたらすぐに春の祭典の世界に引き込まれてしまいました。酒井さんが上パートで、アルゲリッチが下パート。最初は意外だなと思っていたのですが、酒井さんがぐいぐい引っ張っていって、アルゲリッチは低音を確実に決めていっていました。リズムの鋭さや呼吸感が凄まじい緊張感を作っていました。2台のピアノのパートが譜面に書かれているので、譜めくりの多い曲です。僕はあの曲で譜めくり頼まれても大変すぎて、きっと演奏に吸い込まれて、譜面をめくることすらできなくなってしまうと思います・・・。熱演でした。

動物の謝肉祭はすごいアンサンブルによるすごい演奏でした。言葉にならないというか、もうなんというか音楽の楽しさと美しさと、満ち足りてしまうような感情になりました。クレーメルが1stバイオリン、堀米さんが2nd、川本さんがヴィオラで、吉田さんがコントラバス。チェロのディスバナウスカイテさんの演奏は初めて聞いたのですが、ピアノ二人との音の絡みが素晴らしく、最後の余韻でどこか彼方に自分も消えてしまいそうになりました。チェロの弓をそこまで使い切るかというほどにおおらかに丁寧に使って弾いていました。途中惜しい音があったのですが、もう細かいことは気にならないというか、そこに触れるのが勿体無いしそれよりも尊いアンサンブルになっていたように思います。クラリノットのセヴェールさんは途中カッコウでアルゲリッチのピアノの後ろ側に隠れて吹いてみたり、楽しい演奏をされていました。化石でも大活躍でした。大きな鳥籠はフルートのユレルさんの響きが美しく、これまた最後の余韻が綺麗に消えていくのでした。耳の長い登場人物は堀米さんとクレーメルが眼を合わせながら楽しそうに弾いているのをみて、あーアンサンブルはやっぱり良いものだなぁと思うのでした。

それにしてもアルゲリッチの伴奏の和声感と寄り添い方が素晴らしかったです。場を作る演奏というのはまさにこういうものなのかなと・・・。タッチの仕方も独特で、ムラがなく、春の祭典での生贄の儀式の中間で下パートが主テーマを受け継いでffで弾くところなどはピアノでもこんなに太い音が出るのかというくらい表現をしていたと思えば、水族館や白鳥の伴奏のような場面で効果的に夢の空間を作るのです。なんとも表現しがたいですが、ああ、これは魔法なんだなと言う他にありません。

2014年3月23日日曜日

続けること

なかなか普段続けていると思っていることでも、実はしっかりと取り組むことはできていなくて、本質から遠ざかっていたりすることが有ります。僕はそうです。普段プログラムを仕事で書いていても、実は良いプログラムを書くと言いながら、仕事に適したプログラムを書いてしまったりします。もちろんそれが効果的に働いて仕事は回っていくのですが、本当に美しいプログラムを書くというのは現実世界からは少し遠いものだったりするのだと思います。

さっきあげた「旅立ちの日に」もそうかもしれません。シンプルで、わかりやすくて、誰にでも聴きやすい、しかも聴いてもらいやすい曲です。伝わりやすい曲を伝わるように丁寧に弾く。これも適した弾き方なのかもしれません。僕自身「旅立ちの日に」は卒業式でも歌ったことが有ります。いまでも好きな曲ですし、イントロを聴くだけで卒業を想起します。また、聴いてくださっていたり、数少ないこの文章を呼んでくださっていたりする方々に観ていただいたり聴いていただいたりするために、こういう曲を弾くことの意義があると思います。仕事におけるプログラムを書くということは、僕にとってはこれに近いもののように思います。結果が出て、プログラマじゃない方にもわかりやすく伝わるものです。むしろわかりやすく結果を出すことが大事です。コンスタントに、役に立つものをつくること。こうして価値を生み出すことが出来ます。

では美しいプログラムとはなんなのかというと、僕の中でも答えがありません。ただひとつ、僕自信もプログラマの端くれとして常に、理想的なプログラムを書きたいと思っています。自己満足を求めているのかもしれません。現実にある問題を少しきれいな世界に持って行って、そこで少しでも納得の行くコードに落としこむこと。これは僕の楽しみの一つでも有ります。

そうしたコードに近づくためには、2つのアプローチが有ります。1つは、現実から少しきれいな世界に持っていく方法を知ること。もう1つは、きれいな世界を知り、現実に落としこんでいくことです。2つは似ているようで、順序が異なります。前者は実学的で、後者は学術的なアプローチであるというとしっくり来る方もいらっしゃるかもしれません。僕としては両方のアプローチがかけると前進が遅くなってしまうことを感じています。少なくとも、長期的にはそうです。短期的に目の前の仕事が忙しく感じられても、また後者を補う時間をとること。そうすると次に直面した問題にまた新しい角度から取り組むことができるようになります。

今まさに感覚として、後者が弱い時期にあるので、3月も終わりで次の期というのを肌にうすうすと感じるのも相まって、基礎の見直しをしています。こうして意識的とも無意識的とも言えるような繰り返しをしながら、プログラムを書き続けています。

「旅立ちの日に」を弾いてみました



卒業シーズンということで、弾いてみました。楽譜は現代ギター3月号に載っていたものです。


2014年3月10日月曜日

EUPHORIAのCDがでました

去年の末に録音に参加させていただいたEUPHORIAのCDが2014/02/17に発売されました。

Mandolin Ensemble EUPHORIA
http://euphoria.tokyo.jp/

販売価格: ¥2,000(税込)
リリース日: 2014年2月17日
レーベル: PLEINDIRE
販売元: プランディール音楽事務所株式会社

収録曲

  1. Toccatina (N.Kapustin/堀 雅貴)
  2. Fest Walzer (堀 雅貴)
  3. Euphoria (堀 雅貴)
  4. 人生のメリーゴーランド (久石 譲/小関 利幸)
  5. チェロとピアノの為の3つの作品より 第1曲 (N.Boulanger/堀 雅貴)
  6. 鳥の人 (久石 譲/小関 利幸)
  7. 祈り -for Mandolin Orchestra- (堀 雅貴・幡田 賢彦/小関 利幸)

全曲にギターで参加しています。堀さんのオリジナル曲から映画音楽まで、全体を通して聴きやすいアルバムになっています。

このメンバーで録音をするのは2回目です。

Source: Mandolinspiritsリリースとインストアライブのお知らせ http://blog.kentasuzuki.net/2011/07/mandolinspirits.html

2年半ほど経ちました。このMandolinspiritsのリリースの後に堀さんが1年間留学されており、帰国されてから再度集まった、というのがことの経緯です。なかなか継続して録音をする機会はないので、個人的にも楽しめた録音となりました。

お店で見かけたら是非聴いていただけると幸いです。

「プレ素」9回目の「音楽会」のおしらせ

平成26年4月20日(日)に演奏会を行います。是非ご来場くださいませ。

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「プレ素」9回目の「音楽会」

1部

教会コンチェルト op.2-9(E.ダッラーバコ)
ロマンス op.26(J.S.スヴェンセン)
ローレライ・パラフレーズ(S.ラニエリ)
シャコンヌ(J.S.バッハ)

指揮 久保 光司

2部

組曲スペイン(S.ファルボ G.)
コンチェルト・カプリチオーソ(H.バウマン)
マンドリン独奏 桜井 至誠
組曲ドリー(G.フォーレ)

指揮 小穴 雄一

※演目は予定です。変更する場合もございます。 恐れ入りますが未就学児の入場はご遠慮ください。

平成26年4月20日(日)
13:00(開場)13:30(開演) JR新橋駅
前売り 1,500円 当日 2,000円
浜離宮朝日ホール

チケットのお申し込みは、団員または下記へお問い合わせください。

株式会社イケガク 03-5952-1391 http://www.ikegaku.co.jp/
絃楽器のイグチ 03-3378-5357 http://iguchi.main.jp/
桜井マンドリン研究所 03-3253-5575 http://www.sakurai-mandolin.com/

2014年3月9日日曜日

昨日借りたCD

クラシックとジャズ半々だった。



“エタニティー” ソロ・アコースティック
ウルフ・ワケーニウス

238 CREST 1000~J.ケージ
高橋悠治    CD    クラシック

アイヴズ:ソナタ集
ハーン(ヒラリー)  CD    クラシック

アンダーカレント
ビル・エヴァンス/ジム・ホール  CD    洋楽ジャズ

インターモデュレーション
ビル・エヴァンス/ジム・ホール  CD    洋楽ジャズ

ガーシュウィン/ラプソディ イン ブルー
バーンスタイン(レナード)  CD    クラシック

フォー・ジャンゴ
ジョー・パス    CD    洋楽ジャズ

ヨーロピアン クインテット
ジェシ・ヴァン・ルーラー    CD    洋楽ジャズ

新ウィーン楽派作品集
インバル(エリアフ)    CD    クラシック

竹取物語◎貴志 康一作品集
小栗まち絵  CD    クラシック

もう少しクラシックから離れたところでも弾けるようになりたいと思ったり。

プログラマと演奏家

奇跡の脳という本がある。脳科学者であるジルさんが、脳卒中で倒れてしまってから脳の機能を取り戻していくまでを書いた本だ。

奇跡の脳: 脳科学者の脳が壊れたとき (新潮文庫)

脳の機能について滔々と喋れるほど明るくはないのだが、右脳について気持ちよさを感じるという描写が日常と結びつく部分があった。これを書いてみたい。

左脳の機能が脳卒中によって停止してしまった時の状態を、柔らかい文体で綴られている。「体と世界の境界が曖昧になって、もう私はまるで宇宙と一体になってしまった」なんて書かれると、あれそれどこのSFなんでしょうと言いたくなるほど。でも不思議と平和な気分になって、些細な事に幸せを感じられるようになる。例えば瞑想をしているときのような、というような文があるが、これはチベット仏教での瞑想の本や、いわゆる無意識下に意識を置くような状況を解説する本でよく現れる表現だ。あくまで感覚としてそれが綴られている。面白い。

はてさてそれを真に受けて「世界と一体になろう」という話をいまから書こうとしているのではない。

音を出すという行為を考えてみよう。ギターの弦をくいっと引っ張って、そっと離す。音が出る。ああ、素晴らしい。楽器ってこんなふうに音がなるんだ!もう一度引っ張って、離す。また音が出る。ああ、また素晴らしい。なんでこんなふうに音がなるのだろう。なんでこんなふうに素敵な音が出るのだろう。

そんな原体験が、きっと演奏という行為にはとても身近にある。僕が最初にギターを弾いた時というのもそうだった。

プログラムを書くという行為を考えてみよう。さあ黒い画面を開いて。よくわからないけど、本に書いてあるとおりにやってみよう。irbと打ち込んで、"Hello World"するだけ。おお、なにか出る。2 * 3をしてみよう。6がでる。おお。答えが帰ってくる。

プログラムを書くという行為は、画面に確実に、何か答えを返してくれる。そういうときに僕たちはコンピュータを何かに使えるんじゃないかと考えられるようになるし、何か別のことにも生かせるんじゃないかと考えられるようになる。

「純粋に感じよう」「初心を忘れずに」とはよく言ったものだが、じゃあ何が初心で何が純粋なのかというのがわからないと、忘れてしまうし、感じられなくなってしまう。どういう体験が、どういう行為が、どういう感情が、初心で純粋たるのか。常に僕らの眼の前にあって、手の中にあって、触れているものなのに、なぜかいつもそれを忘れがちになってしまう。

「演奏できるってなんか本当に素晴らしいですね」と「プログラミングってなんか本当に素晴らしいですね」という話をされるときがあるのだけれど、どうしてもプログラミングの場合は、何かが実現できるから、あなたのスキルは素晴らしい、というような話になりがちに思う。音楽の場合はもう少し、その出てきた音そのものについて本当に素晴らしいと思ってくれている人が多くて、音楽って素晴らしいですねという話になる。演奏と音楽の関係って、プログラミングとシステムの関係なのかもしれない。音楽それ自体は演奏だけでは成り立たなくて、曲を作る人、楽器を作る人、音のなる場所、それまでの音楽の歴史が、その瞬間の音楽を作ってる。システムも、いまこの僕がタイピングしているPCを作る人、言語を作る人、全体を設計する人、システムが動く場所があって、そこにあるシステムを動かし続けてる。

どうしてプログラミングはそれ自体が素晴らしいと感じるのが難しいんだろう。もっと気楽に、弦を弾いたり、太鼓を叩いたりするように触れられないのだろうか。やってみると意外と簡単に動くのに、みんな今眼の前で触っているPCのエディタを開いて走らせるだけで。

何かを好きになっていく時には、そのときどきにこういう純粋な喜びを感じる。ギターでFのコードが抑えられるようになった時、初めて関数を書いて実行できた時。ああこれは素晴らしい物がこのさきにはまだまだ待っているのだなあと感じる時が、未だにある。だから両方共楽しんで続けている。

何かをより楽しむために、勉強をしたり練習をしたりする。その過程は大変だったりするけど、純粋にそれを楽しめているか。奇跡の脳をリハビリしていく過程が、これと妙に重なりあった。

2014年2月11日火曜日

第17回文化庁メディア芸術祭を見に行ってきました。

昨日はお休みを頂いておりました。せっかくなので、六本木の国立新美術館で開催されている文化庁メディア芸術祭へ。土曜日の雪がまだ道端に残ってますが、歩道はもうほとんど溶けてますね。

メディア芸術祭に行くのは初めてでしたが、楽しく観覧してきました。一番驚いたのはジャンルの広さです。漫画から映像作品からWebサイトからシャボン玉まで、色々混ざって展示されていました。

中でもおお、これは…と感じたものを2つ紹介します。1つ目はHondaの「Sound of Honda / Ayrton Senna 1989」です。これはF1ドライバーセナさんが1989年に当時世界最速ラップを出した時の運転を音から再現しようという試みです。走行音にはアクセルを踏み込んだ音、カーブの音、エンジンの回転音などが混ざっていて、それを波ごとに分解し、どのように走っていたかをシミュレートしていまいた。そしてそのシミュレートしたものを元に、鈴鹿サーキットに設置したスピーカーとLEDを使って走行を再現しています。F1では音を元にマシンをチューニングするチームがあるようなのですが、それを利用して実際のコース上でその走りを再現するとか…。もう試みが壮大過ぎてすごいですね。鳥肌モノでした。よくやろうと思ったなと…。エンジニアリングと分析と思いやりと思い切り、色々なものがないと作り上げられないなこれはと感じたのでした。

Ayrton Senna 1989
http://www.honda.co.jp/internavi-dots/dots-lab/senna1989/
http://j-mediaarts.jp/awards/gland_prize?locale=ja&section_id=2



もう1つは「Dronestagram」です。これは無人航空機であるDroneがどこを攻撃したかを、Instagram上に衛星写真をまとめています。この無人航空機が何をしているか、そして実際に使われているということをまざまざと感じさせる、無言の事実が作る重みがありました。表現手段としてはシンプルですが、こんなに考えさせられるものがあるのかと、感じるのでした。

dronestagram on Instagram
http://instagram.com/dronestagram



メディア芸術祭、予想以上に興味深く拝見しました。見に行って良かったです。開催は2014年2月16日まで。入場無料なので、お近くの方は是非見に行ってみてください。

第17回文化庁メディア芸術祭
http://j-mediaarts.jp/

2014年1月18日土曜日

Lesson 1: ジュリアーニのアルペジオ集、バリオスの船歌

レッスンのメモ。ジュリアーニの練習曲集よりPART ONE、アルペジオNos.1 - 17。2年前くらいにレッスンでやったのの振り返り。plantの練習。8分裏でpのplantが遅れないように。No. 2の4つ目のパターンは遅れやすい。基本全部一緒。また、full plantではなくてsemi plantにする。i, mを同時にplantしない。

バリオスの船歌。前回に引き続き2回目。大きな2つ振りのリズム、響きがブランコになるように続ける。6, 14小節目の違いをつける。歌い方を2倍大げさにするように。こういう呼吸の深い、1小節ごとに自由度があるような曲は特に気をつける。21小節目からのパターンは和声の変化に乗る。

普段の練習。24パターンのスケールをアポヤンド、アルアイレで。i,m / m,i / a,m / m,a / i,a / a,iを入れ替えながら。pでのアルアイレスケール、6弦以外で開放を使わないで、左手のストレッチの練習も兼ねて行う。カルレバーロとセゴビアのスケールを参考に。カルレバーロのアルペジオは機能的。和声的にはジュリアーニの曲集のほうが通常のようなものが多い。両方見てみるのは良いこと。

2014年1月16日木曜日

Day6: Fernando Sor Op. 6-12



今日はソルの練習曲よりメロディアスな1曲を弾きました。滑らかに、かつ繰り返しをあきさせないように作らなければなりません。音のクラリティもすごく影響しますね。

譜面上はAndanteの指定なのですが、もうちょっとテンポよく弾いたほうが良いのかもしれません。のっぺりした印象になりがちです。

2014年1月13日月曜日

Day5: すべては薄明のなかで(1st Movement)


今日は武満さんの「すべては薄明のなかで」を弾きました。第一楽章です。この曲は私が初めて聴いた武満さんのギター曲です。福田進一さんのCDで聴いたのが最初でした。それまで距離を遠く感じていた武満さんの作品でしたが、ギター曲があることを知った時にはとても嬉しく思ったのを覚えています。

初めてこの曲のレッスンを受けたのはおそらく2年前近く前になります。なのでもう殆ど久しく弾いていなかったのです。譜面を引っ張りだして思い出しながら弾きました。随所随所にある突発的な和声のつくりがとても素敵です。冒頭から、2.5/8, 3/8, 2.5/8, 3/8, 4/8といった具合に拍子が変わっていきます。その中に脈々と流れるパルスを切らすこと無く弾くようにとレッスンではアドバイスをいただきました。もっと滑らかに、恣意的なところをなくすように弾けるようになりたいものです。

リベルテ第10回演奏会の動画をアップしました





2013年12月8日に行われたリベルテマンドリンオーケストラ第10回演奏会の動画をYouTubeにて公開しました。是非御覧ください。公開の準備のできたものから随時アップデートしていきます。

ヴィヴァルディ協奏曲集「四季」より夏

 

四季より夏です。夏は乾いた音の表現をかなり意図的に行っています。砂漠の苛酷さから砂嵐が吹き荒ぶる凄まじさまで、そういったイメージで演奏をしました。四季全体を通してギターパートは通奏低音を担当していますが、僕のパートはギターパートの中でも比較的自由な音使いになっています。コードのみ決まっていて、あとは自由に弾いているという具合です。第3楽章のPrestoはとにかく速かったです。本番は勢い良く、オケ全体がぐっと集中力を増して吹き荒れていきました。

ヴィヴァルディ 協奏曲集「四季」より冬


冬は凍てつく寒さの表現から始まります。足音なのか、はたまた氷が少しずつ固まっていく時に出るカチカチという音なのか、とにかく寒そうな音を想像して弾きました。僕は冒頭から、他のメンバーがSul ponticello(弦をコマよりで弾いて硬い音を出すこと)をしているなか、一人で柔らかい和音を小さく、暖かく響かせています。これは和声的な展開のスパイスでもありますが、人が何か寒いところでも、その心の暖かさを保ち、着々と何かが芽生えていくような様子を表しているようにも感じました。冬の豊かさのようなものなのかもしれません。

壺井一歩 マンドリンの為のソネット 第6番(委嘱初演)
 

第10回演奏会でも壺井一歩先生に曲を書いていただきました。昨年の第5番でも現れていたように、非常に旋律的でデリケートな展開が繰り広げられます。ギターパートには冒頭から曲を象徴付ける極小のアルペジオから空間をつくっていくことが求められていました。ヘミオラのリズムで続けられるアルペジオからは浮遊感が出やすくなりますが、演奏者としては拍感はもとより和声感を大切に保つ必要がありました。今回は望月さんのソロに寄り添って伴奏をする場面も多々有り、特に呼吸について再考をしました。例えば2拍3連のリズムが絡むフレージングでは意図的に頭を深くするようにしています。また、ギターのソロとなるアルペジオの部分では、フレーズと和声がアルペジオの中で混在している、夢見るような響きと浮遊する様を表現するような箇所が第1楽章で出てきます。望月さんのソロは長音で推移していきながら、浮遊感と副旋律を醸しだすのです。ここはまるで宇宙旅行に味付けをしているような気分になりました。とても好きな部分でした。

権代敦彦 ふるへ/をののき 〜quake〜 op.140(委嘱初演)



第10回演奏会の終曲となったのは、権代先生の委嘱作品でした。細かいことは触れずにとにかく演奏を見ていただきたいです…。でも会場でしかあの空気感は感じられないと思います。「曲には曲の聴かれるべき場所がある」と去年の夏に言われたのを思い出さずに入られません。極度の集中力を求められました。ひとつ言えるのは、今回この曲の演奏を通じて一つ、何か僕の中での演奏のスタイルや取り組み方というのが変わりました。真摯に曲と向き合って、自分から何かを出力して伝えるということに貪欲になったのだと感じます。


今回の演奏会は本当に「挑戦」という言葉がこれ以上似合うものはないだろうというほど、個人的にも団体としても挑戦が数多く有りました。本当に盛大な本番となりました。

今回の演奏会、うまく言えませんが、なんだろう。ちょっとこう、普段意識している事柄、「ああもっとこういう場面はこうしたらいいのに!」とか、「ああこういうことが僕はもっとしたいんだ!」とか、「ああそうじゃなくて僕っていう人間はこうしたいんだ!」みたいな感情の強さみたいなもの、誰もが持っていながらうまく外に出せないもの、そういうものを如何に表に出すかというのが個人的な目標であり課題でした。そう、権代先生の曲では本当にそれが演奏に顕著に影響しました。合奏って難しいものですが、合奏だからできることもあります。僕が、呼吸とか、身体とか、感じているものとか、そういう震えを、ぐっと、ホール全体を飲み込むくらいに出して、オケを巻き込もうという試みでした。うまくいったかな。でもいろんな人に聴いてみたら、何かこううまく言葉に表せないようなものが、残せたみたいでした。これはとても嬉しかったです。こう、なかなか生きてるって言うことは表現しづらいのですが、生きている人間の葛藤と、震えるということ、それを他の人に伝えるという手段として、音楽というのは本当に僕にとって大切な方法だと思いました。自分が存在しているって伝えるのって、いまこの瞬間にしかいないんだけど、そのときにもってるエネルギーとか熱量みたいなものを、存在として伝えるっていうことが、すごく楽しいですし、伝わればいいなとか、そういうことを思いながら弾きました。

動画でも演奏を楽しんでいただければ幸いです。そして是非来年、会場でひとりでも多くの方に聴いてもらえることを願っております。

2014年1月11日土曜日

Day4: フェルナンド・ソル 練習曲集よりOp. 29-17



ソルの練習曲はひと通りレッスンで終えたものの、まったりと2年ほどかけて通していたので最初の頃に弾いたものは忘れつつあります。せっかくなのでソルの練習曲について、自分が気に入っていたり、良い練習になっていたものも機会をみて取り上げます。

このOp. 29はソルの練習曲の中でもいわゆる通常の曲に近いような構成を取られているものが多いです。普通の曲っぽいとも言えるかもしれません。今回弾いたOp. 29-17は2つの声部が自然に戯れるかのような曲です。最初弾いた時も、そして今弾いても、声部の弾き分けにとても苦労します。上の声部を伸ばし続けながら、下の声部を動かす、というような場面が多いです。ソルの練習曲を聴いたことも弾いたこともないときには、「練習曲というくらいだからものすごくオーソドックスにさらっと弾けるんだろう」などと思っていたりもしましたが、今では全くそんなこと思えません…。むしろミスするとあからさまに間違えて聴こえるので(というのは動画を聴いていると顕著にわかりますね…)、逆にというか、とても難しいです。演奏会で取り上げようものなら、もっと正確に弾けるようにならないといけません。

2014年1月9日木曜日

Day3: ロンドンデリーの歌


今日はロンドンデリーの歌を弾きました。武満徹さん編曲です。

ロンドンデリーの歌は「ギターのための12の歌」の1曲として収められています。他の曲も歌心のある、親しみやすいアレンジになっています。ロンドンデリーの歌は中でも特に馴染み深く、聴きやすい音になっています。

これはまだレッスンを受けていませんが、そのうち受けたいところです。もう少しpは極端に小さく作れるように、呼吸を深くできるようにすることが課題でしょうか。

2014年1月7日火曜日

Day2: J.S. Bach Cello Suite No. 1 in G major, BWV 1007 - Menuet 1,2


今日も少し早く帰宅出来たので一曲弾きました。J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第一番よりメヌエット(佐々木忠編)です。

バッハの無伴奏チェロ組曲は1年半ほど前から細々と弾いていました。第一番だけはレッスンでも弾いていて、今は第二番を練習しています。無伴奏チェロ組曲を弾き始める前はすごく難しい曲だという印象を勝手に持っていてなかなか着手できていなかったのですが、弾いてみると身体にすっと入ってきました。その分、自然にフレージングすることや和声に忠実になることを求められました。このメヌエットはとても親しみやすいもので、長調の快活なフレーズで始まり、途中短調にがらっとかわります。そしてまた長調の部分をリピートします。展開も分かりやすいですが、シンプルな分、毎回のリピートの表情に気を使います。動画を見てみると、もう少し表情を極端につけたほうが良さそうです。フレージングもやや不自然なところが残ります。

2014年1月6日月曜日

Day1: Barcarola _ Agustin Barrios Mangore (Julia Florida)


あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

不定的になりそうではありますが、もっとどんどん弾いた音や映像を残していっていいんじゃないかと思いたち、練習動画を上げていくことにしました。100日でも続いたら何か記念になるんじゃないだろうか、とも。iPhone + Tascamのマイクで撮ってます。撮ったらすぐに公開できるのでお手軽です。

Day1。何から弾こうかと思案したところ、去年ジョン・ウィリアムズのコンサートで聴いて感動を覚えたバリオスの舟唄が浮かんできました。一発撮り、加工も無しです。

まだまだ荒削りですね。もうちょっとテンポも前に行ったほうがいいでしょうし、ちょっと響きも途切れ途切れです。舟唄は去年1度レッスンを受けたのですが、もっと丁寧に作りこみたいところです。