2016年12月27日火曜日

Goについて思うこと 2016

あんまりこういう内容のポエム的なものは広まってほしくないなあ・・と思うのでこっちにひっそり書くことにする。

今年は僕にとってはGoの存在がとても大きい年だった。 5年前、僕が書くのはWebアプリケーションが中心で、PHPをメインで触っていた。それが気がつけばエンジニアリングのレイヤが広がったなあという所感があって、ここ最近Goがそれを加速してくれた。第二の言語としてのGoはとても良くできていて、小回りが聴くし、ミドルウェアをちょろっと書くにも心地よい。やっぱり最近の言語ならではの良さがある。たとえば、

* テストが標準ライブラリに組み込まれている
* net/httpがとても良くできている。フレームワークを必要としない場面も多い。
* concurrencyを堅牢に扱える(うまい言葉が見当たらない)
* そしてそれなりに速い

というのがあげられる。特にgo toolの充実はすごい。Race conditionをあんなに簡単にテストできる言語があるのだろうか(Erlang使いの人たちはそもそも反論するかもしれないけど。)他の言語のことはあんまり詳しくないのだけど、ツール郡の充実はGoの最大の特徴だ。言語仕様はシンプルだけど、ツールはどんどん充実させていくというのは言語のエコシステムとして面白いと思う。もちろんGoのためのツールはGoで実装されているというのも面白い。そしてgo toolのすべてのツールは挙動を読み解きやすい。読みやすさがこれほどまでに自分のプログラミング観を変えるとは思ってもいなかった。どんな実装でもGoなら、どんどん読んでいけるというのは本当にすごい。これは説明できない衝撃があった。

SimpleとEasyの違い、というのを最近まわりでも話していた。GoはSimpleよりで、PHPはEasyより。どういうことかというと、Easyは使い始めがわかりやすいが、難しいことをしようとすると大変。Simpleは機能が少ないように見えて、使いこなすのが大変。とはいえSimpleの良さは、使えば使うほど組み合わせのちからを発揮しやすいこと。Easyはある一定のことはしやすいけど、範囲を超えると大変になる、ということ。PHPは使いやすい歯ブラシだという話をよくする。あれだけ配列(というかハッシュテーブル)を扱う便利関数を持っている言語をあまり知らない(ScalaとかはCollection操作多いけど)。たしかに同じことをするにはPHPなりスクリプト言語のほうがGoより短く書ける。でもちょっと工夫の必要なことになると、僕はGoのほうがわかりやすく書ける。この差はなんとも言い難いんだけど、そういうことが実際にある。

言語仕様のこと。Goは1.x系については仕様がフリーズしている。これは面白いことだなと思っている。プログラミング言語が対処すべき問題は複雑だ。それでも表から見えるAPIを便利にするというのを一番の選択肢にはしない。非常に慎重にこれを変更する文化を作ろうという試みの真っ最中とも言える。最初はなんて窮屈なんだろうと思ったけれど、あるときGoはなんて引き算の徹底されている言語なのだろうと後から思い始めた。循環インポート一つとってもそうだ。むしろあえて制約をつける言語ともいえる。それが長期的にはコードの読みやすさになっている。言語仕様が小さいことは読みやすさにつながるということをこれほど実感したことはない。

学びについて。rscの https://talks.golang.org/2014/c2go.slide を読んだときは本当に衝撃だった。GoのコンパイラがCからGoに切り替わった。私がGoを触り始めたときにはすでにGoはGoで書かれていた。こんなソフトウェアエンジニアリングがあることに衝撃を受けた。それでもruntimeは十分に速く、むしろ改善を続けている。GoがGoで書かれているから、僕はGoからGoを学ぶことができた。Goを学ぶ一番の方法はGo本体を読むことだ。言語の標準ライブラリは、なんというかコンピュータサイエンスの面白い部分がたくさんつまっているので、データ構造とアルゴリズムを実際に動いているコードから学べる。それも自分が書いている言語で実現する方法を知れるというのはいちエンジニアとして学びが大きい。Go自身が僕にもたらしてくれた学びというのは、この部分でとてつもなく大きい。読みやすいGoのコードが、もたらしてくれた学びとも言える。

つれづれ書いてしまったけど、Goは本当におっさん向け言語だと思う。いや、なんかいい言葉が思い浮かばないんだけどそう思う。かっこよく書きたいとか、まあそういうのはあるんだけど、まず「これを実現したいんだ」が一番最初にあって、そのためにコードを書くということに徹している言語がGoだ。実現したいことがなくて汎用的に書くGoのコードは(不慣れなうちは特に)不思議と失敗するようになっている。これが未だに不思議なところで、なぜか汎用的なコードは失敗するが、問題領域をちゃんと絞ると良いコードになっていく。だから結果的にすごくやりたいことに対して愚直なコードになる。もちろんその愚直なコードにはわかりやすいテストをかけるし、ベンチマークもしやすいし、なんだったらmemory leakの可能性も気づきやすい。本当に実用的な言語だなあというのをこの一年でまた改めて感じた。

まとまりのない文章になったけど、とにかく今新しい言語を学ぼうと思っているのならGoは第二言語としてもすごくおすすめできる。何ていう話をふと思いついたので殴り書いたのでした。みなさま良いお年を。

2016年12月20日火曜日

リベルテ the 13th concert に出演します



来月 2017/1/21 (土) に所属しているマンドリンオーケストラ、リベルテの演奏会があります!相変わらず私はクラシックギターで出演します。是非おこしくださいませ。

ビートルズの編曲作品を3つ演奏します。これは作曲家の松波さん、田口さん、そしてリベルテの客演指揮者でもある鷹羽さんによる編曲です。

マネンテ作曲の華燭の祭典は日本のマンドリンオーケストラでよく演奏される作品です。リベルテでは委嘱作品以外でマンドリン曲を演奏するのは珍しく、私がリベルテで演奏するのは初めてです。今回はメンバーにとってめでたい一年だったということもあり、選曲されました。

今回はゲストに高橋アキさんをお招きし、川上さんに委嘱のピアノ協奏曲、Dire Wolfを世界初演します。Mooseは昨年川上さんに委嘱させていただいたピアノとクラリネットの二重協奏曲です。ニューヨークからクラリネット奏者のThomas Piercyさんにも加わっていただき、再演いたします。

終曲はチャイコフスキー作曲、佐藤さん編曲の弦楽の為のセレナーデを演奏します。この作品は13年前、リベルテの第1回演奏会で演奏されていた曲です。私が演奏するのは初めてですが、楽しんで聴いていただけると幸いです。

2016年11月4日金曜日

ケアンズにいってきた

10月末から5日ほどケアンズに行ってきた。夏休みが余ってしまっていたのと、オーストラリアもいったことないし行ってみるか、ということで。初めて家族での海外旅行だったのだけれど、なかなかよかった。

成田からの夜便でいった。ケアンズはオーストラリアの中でも北のほうに位置している。そのため日本からも7時間ほどでつく。0時発7時着のJetStarで行った。JetStarに乗ったのは初めてだったのだが、機内サービスのムービー視聴が有料だったり、機内食がオプショナルだったりして新鮮だった。JetStarはじめ、LCCは成田空港の第三ターミナル利用になる。今回は京成バスで東京駅から直接第三ターミナルまでいったが、電車で行く場合には第二ターミナルからそれなりに歩く必要がある。

ケアンズに到着してホテルに荷物を預け、早速キュランダへと向かった。キュランダへは趣のある高原鉄道で向かう。




山を登っていくのだが、途中で滝も見れて面白い。10月末はまだ乾季なので水量が少ない。岩肌をみると、雨季に大きく削られたことが伺える。


  

キュランダは小さな町になっていて、ショップが有ったり動物園があったりして面白い。ちなみにここにくるまで家族だれもオーストラリアドルをもっていなかったのだが、地元のおじさんがつくった美味しいと噂のアイスクリームをたべようとしたら現金しかつかえず、その場でキャッシングした。ATMはちょいちょいあったのでなんとかなる。




キュランダからの帰りはSkyrailという長いロープウェーでケアンズまでもどった。熱帯雨林の上をロープウェーで通るのだが、なかなかスリルがある。スキー場のゴンドラを想像してもらえるとわかりやすいと思うのだが、幾分速く、そして高い。


翌日はケアンズ市内をぶらぶらしたり、マーケットをみたりした。マンゴーが$6/kgで安い。そして甘くておいしかった。



昼はパロネラパークというちょっとかわったテーマパーク的なところに行った。ここも小さな滝があった。


翌日はグレートバリアリーフをみにグリーン島へと行った。グリーン島からはなれたサンゴ礁までいって、シュノーケリングをしたりした。ケアンズの浜辺はそんなにきれいではないのだけど、グリーン島までいくと目に見えて水がきれいになる。グリーン島はケアンズから船で1時間ちょっとのところにある小さな島で、1周歩いて40分ほどでまわれるくらいの大きさだ。ホテルが1つある。




夜はケアンズにあるDundee'sというレストランでずどーんとしたシーフードをたべた。これはシェフのオススメ盛り合わせで$165くらい。オーストラリアの物価は日本とくらべて少し高く感じる。2割増しくらいのイメージ。グラスワインは$8くらいからだった。

 
翌日はアサートン高原をガイドのシェーンさんに案内してもらった。ケアンズから200kmほどあるのだけど、海も近ければサバンナもあり、自然が本当に多様だという印象をうけた。また土地が広い。土は赤土で、あまり肥沃ではないらしい。主な産物としてはマンゴー・コーヒー・バナナ・コーンなどがあった。バナナの収穫なんかはワーキングホリデーでやるひとも多いらしいが、バナナ一房で50kg-90kgほどあるらしく、なかなかの肉体労働だそうだ。オーストラリアは労働者の時間単価が高く、時給2000円くらいが最低ラインとのことだった。出生率も3 - 3.5で推移していて、国として成長しているのだなと感じる。とはいえこの成長率を維持することが当面の課題のようだ。






キャンプ場には餌付けされたワラビーがいて、餌をもっていくと6,7匹のワラビーがよってきた。ワラビーをこんなに近くでみるのははじめてだった。小さいカンガルーである。こんな子持ちのワラビーもいた。 おなかのなかに1年ほどいるらしい。かわいい。


ちょうどハロウィン(10/31)、そしてメルボルンカップ(11月の第一火曜日、今年は11/1)に滞在していたので道中でいろいろな格好が見られたのも面白かった。メルボルンカップの日はオーストラリアの大都市だと祝日になるらしく、こぞっておしゃれをして試合をみるらしいい。競馬場に行かない人でもおしゃれをして、夜は飲みに行ったりするようだ。女性は鳥のような帽子にドレスという格好の人が多く、おしゃれをする日という印象だった。

オーストラリア、まったりしている人が多くてよかった。

2016年8月13日土曜日

継続すること

継続することはやはり難しいことだと、また思うようになった。

自分よりキャリアの長いプログラマの方というのはたくさんいる。私もプロのエンジニアとして働き始めて数年が過ぎた。ある一定のものを作れるようになったという感覚もあるし、自信もある。それでもまだ一桁年である。私が尊敬するエンジニアには、親の世代の人たちも数多くいる。

文章やコードを書いたりしながら、次に書くものが自分にとって面白いか否か、ということを気にしながら続けてきた。取り組むべき問題であるか、面白い問題か、そこに時間をかけるべきかを考えてから着手する。集中して取り組むことができればよい。集中できない時は何らかの問題があって、これをうまく解決するために工夫をするということを重ねてきた。

自分の中でのソフトウェアへの関心は年々変わってきている。最初はインターネットが好きだという一心でプログラムを書くようになった。その後バイトをしながら、人が時間を短縮するための便利なツールを書くことが面白いと思うようになり、いくつかの業務用のツールを書いた。Webサービスを作り、広告に携わり、データを見てきた。今はよりソフトウェアの基盤やコンピュータに興味が移ってきている。例えば言語や開発者のためのツールなどが含まれる。給料をいただきながら仕事をやりつつも、メインの仕事ではない近隣の領域にも興味は移っていく。携わっていることについてやりきれるかどうか、というのはいつだって不安だし、困難がある。巡り巡って何かがよくできるようになっていることもある。そして今後、どういうソフトウェアを書くことになるのかはわからない。

rebuild.fm/153 での話もそうだけれど、学びたいと思ったら学べる職業であるというのは稀有なことなのかもしれない。だからこそソフトウェアエンジニアという職業は楽しい。あるいは、そういう興味の連鎖が継続することそのものなのかもしれないとも思う。すごいな、かっこいいな、と思ったことを自分でも手を動かして試すことができるか。そして試すことを続けているか、ということを、今一度自問した。

「才能とは、一瞬のひらめきやきらめきではなく、情熱や努力を継続できる力」  なのだと思う。

2016年6月5日日曜日

プログラムからどう学ぶか

ソフトウェアエンジニアをやっていてよかったと思えるのは、自分よりすごいと思える人が山程いることだ。たくさんいる。使っているライブラリや言語、OSを作っている人たちがいて、「ああわたしは今のままじゃこういう設計はできないだろうな」ということをよく思う。前回の記事 でも書いたのだけど、ビジネス的なエンジニアリングはそれはそれで必要な仕事がある。とはいえ一個人のプログラマとしては、 それはそれでものを実装するということ自体で価値を出し続けたいのである。

これは演奏にも近い。私はクラシックギターを弾くけれど、「ああ、あの演奏家の律動性は素晴らしいな」「この表現はどのように考察して作っているのだろう」「なぜあの演奏には感動してしまうのだろう」ということをたびたび経験する。音楽自体はプログラミングとは違って直接的な体験ではありながらも、音をだすことを丁寧に見ていくとちゃんとした技術と、あとはやはり感性がある。ベースとしてのテクニックがないと綺麗な音は出せないが、綺麗な音が出せたからいい音楽というわけではない。これもまたプログラムを書くことにすごく似ている。

自分がとあるプログラムについて「すごいな」と思うときは2つある。それはその字面の技巧的なところをみるときと、もう一つはデザインをみるときだ。昔は前者の、こと技巧的な方について目を向けて複雑さや物量の多さに目をとられることが多かった。今もなくなったわけではないけれど、いくらか自分自身でプログラムを書く量が増えてくるとプログラムそれ自体に感心することは減ってくる。最近は後者に感嘆することがある。なぜこのデザインになったのかということである。

ここでいうデザインというのは、「何をして、何を捨てたか」という取捨選択と、「その選択に対してどのように抽象を使ってアプローチしているか」ということだ。ソフトウェアそれ自体はシンプルでありながら、強力でありうるということはよくあることだ。その設計のシンプルさをみるとき、ライブラリの一機能をみるとき、そういったものにすごく心を奪われる。シンプルに設計できるときというのはたいてい、そこで書くべきもの以外のほぼ全てのものごとを把握していて、どうしてもその部分は何らかの実装をしなければならないといった状態になっているものが多いように思う。その一点をついて、もちろん字面の上でもシンプルに実装されていると最高なのであるが、何かを達成している機能というのには大変感心させられる。かつ、その物事が普段私が問題としているものだったとしたら、それはもう自分の設計力では到底できないであろうということがわかるのである。

そうした設計をみたときにそれを「感性だ」と言い切ってしまうこともできるのだが、じゃあどのようにそれを自分でもできるようになるか、ということを考えないと進歩は止まってしまうように感じている。なので手を止めずに、なぜそのように判断されたのかということをなるべくログだったりドキュメントを読んで把握しようとすることを普段はやっていることになる。「これは素晴らしいプログラムだ」と思うのは良いのだが、なぜそれが素晴らしいと思ったのかを考えなくなってしまうと、いつまでもそういったプログラムを書けるようにはならないのである。

2016年5月28日土曜日

技術を言葉に

木曜日と金曜日に合宿があった。しばしオフィスから離れて、経営課題と解決策、次なるアプローチを考えるためのミーティングをするためにである。こういった合宿にいくのは久しぶりで1年半ぶりほどであった。当時は http://suzuken.hatenablog.jp/entry/2014/12/18/221610 に書いてあったような一年で、マネージャとエンジニアを兼任していた。今はエンジニア業だけに専念しているのだけれども、久々に話にきたらということで呼ばれていった。結果的には色々発見があってよかった。

議論した内容はさることながら、テクノロジーの会社として、経営判断に技術者が関わる必要性というものをじっくりと考えた。広告の会社として、何をクライアントに提案し、何をプロダクトにしていくのか。そして何を課題とし、どういう手段で課題を解決するのか。そうしたことを1つずつ考えていくということをやった二日間であった。いつもはある程度範囲と狙いを絞ってものづくりをしているので、そういったことを考えていないわけではないが、何をするかを決めるタイミングというのはものを作るときに最も気を使わなければならない時間だ。作ったものが間違っていれば、どんなに努力しても事業としてよくならない。考える時間があればいいほどいいかというとそういうわけではない。常に頭の何処かでいろんなアプローチを考えていて、いざ会議をするときにはだいたいどんなケースについても答えが自分の頭のなかにはある、ということが多い。

チームや事業の領域が広がって感じることがある。それは上のやりかたがカバーしきれないケースが多くある、ということだ。経営陣は自社の課題に対するアプローチ、それは外的な課題と内的な課題を含めて、なぜそのようにするのか、ということを知らなければならない。そして一つ一つの方法がどのようにそれを実行しているのかを知らなければならない。しかしこれはだんだん難しくなる。事業やシステムが1つ増えると線形に複雑さが増すのではない。組み合わせが増えるのである。手段が増えた、ではどのように使うか?というところの難易度があがっていくのである。そこで最大限効果を出す方法は何かというのを考えた時に、普段から考えていなければ最も良さそうなアプローチを出すことができなくなってしまう。チームや事業を小さくしていくことはマネジメントのやりやすさもあるが、大目標や向かっていく方向を組織に紐付けることでその中での考えの方向性を固定するという側面もある。組み合わせをいつまでも模索していても事業もプロダクトづくりも前に進まないのである。そういう組織としての力学も合わせて、事業的なアプローチというのは考えなければならないのだということを一年半ぶりにまた身を持って感じたのだった。

エンジニアとして組織をみるとき、ここ数年で見方が変わった部分がある。それはプロダクトの分割だ。マイクロサービス という考え方が2年ほど前に出てきた。これはソフトウェア設計だけの話に取られがちなのだが、エンジニア組織の分割とチーム作り、そしてプロダクトづくりの一つのあり方として考察しなければならないものだ(ちゃんと原文を読むこと)。個人的にはAPIをプロダクトの中で分割していってサービス指向のアーキテクチャに変えていく云々、というのはまあ必要なところでやればいいと思っている。それだけではなくて、「ここのAPIを、別のサービスにも提供できるようになった時、どのような事業の可能性があるか?」ということを考えられるようになることが求められているのではないかと思う。 今回の合宿でも「それ、今あるこの仕組みとこの仕組みを組み合わせればできますよ」という場面が多々あって、ただしこれは別サービスの機能を組み合わせないと実現できないので最初は全部システム化しないで検証していくのがいいですね、という話をその場でした。事前にそこにある機能が将来にわたって、別ドメインのシステムにおいてでも同様に使えるであろう設計になっているといい。ただしこれには当然難しさがある。「この用途で使うからこういう機能がほしい」といわれたエンジニアには、その範囲以外で、あるいはそのちょっと拡張した用途以外で使うことを見込むことは難しい。こうした問題は事業とセットでプロダクトをみるエンジニアだと起きづらいが、組織全員がこうした取り組み方をするのはある程度の規模になるとやはり難しくなる。そうするとこのプロダクトと事業の接続をするマネージャがこの仕事をしなければならない。これもまた大変な仕事である。

エンジニアが事業のことを考察するときに何を期待されているか。それは技術的な知識・背景をベースに、アイデアを出せることが一番の価値だと考えている。これはテクノロジー企業とそうではない企業とで全く異なるかもしれない。テクノロジー企業においては、やはりそれが競争力の源泉になる。技術だけによっていては売れるものはできない、という言い分もある。これはこれで正しい。文脈を無視した技術は仕事ではなく、ただの趣味といわれても仕方がない。事業を制約に入れてなお、技術的なアプローチを適切に考察できることの面白さというのは、働いてみないとわからないものなのかもしれない。少なくとも、私はそれがすごく面白いと思っている。

2016年5月15日日曜日

働くということ

天気もよく気持ちよかったので、たまにいく近くの寿司屋さんでランチを食べた後にふらっと散歩をした。GWも原稿を書いていたので、昨日今日は比較的まったりしている。もうちょっと文章を書かないと終わらないのだけど、なかなか気が乗らないし、まあだいたい目処がついてきたし、気持ちを少しまったりさせたいなあというときがある。平日と休日のテンションが全然ちがっていて、なかなか思うように進まないということもある。

学生の頃から試験前はすごくぴりぴりしていた。とくに、中学や高校のころというのは時間に余裕がないものだった。私はサッカーを部活でやっていたけれど、日中の授業のあとにはサッカー、帰宅したら20時はすぎる。ご飯を食べて風呂に入り、すぐ勉強だ。3時間ほど勉強して、寝る。朝は7時におきて、ご飯を食べて学校にいく。いたって規則的で、限られた勉強時間に試験の準備をしていた。今日は69ページの問題3まで終わらせよう、といった具合に少しずつ進めていって、とにかく一旦範囲を終わらせておく。基礎が終わったら応用の問題を解いていって、仕上げに過去問や想定問題をみっちり解いて頭に入れる。この繰り返しだった。

今年で働き始めて5年目になった。4年働くと何が変わったのだろうか。思ったよりも日々同じようなペースで働いていて、だいたい想定した通りのことをこなしていって、勉強しつつ仕事をしていたら丸4年経っていたともいえる。ただ未だに働くっていうのはどういうことなんでしょうということはよくわかっていなかったりする。社会のためにやっているか、といわれると多少役立っているかもしれない。自分のために働いているのか、といわれるとまあそれもそうだと言える。一個人としての振る舞いとしては、毎日少しずつ何かを考えながら、少しずつ変化をしていって何かを作っていく、ということを続けている。いろんなことを知っていって、いろんなことを感じて、その上でじっくり考えて何かをつくるというのが私にとって働くということである。私はそれが面白いと思っているし、きっと働き方も、働くということも、人によって違うんだろう。そんなことを、本屋で丁寧に陳列を行っている人をみたり、お寿司屋さんで丁寧にほぐされた中落ちをいただいたり、ベビーカーでひなたごっこをしてぼーっとしている赤ん坊をみたり、ひたすら靴を磨く人をみたり、山のようにかばんにいれた白シャツを持ち込むクリーニング屋の行列をみたりしていると思うのであった。

2016年4月11日月曜日

ベストはない

日々仕事をしていると日常の素晴らしさを感じるのです。サクサクと仕事を進めて、しっかりと成果を出していく。チームメンバーとの関わりを深める中で、自分の役割を果たして、設計をプロダクトに反映して使ってもらう。そのための基礎としてのエンジニアリングがあって、着実に成果を出していく。それは日々の屋台骨を支えていて、活動を見守っていく。

私にとっては毎日が変化に富んでいるのです。毎日コードを書いているだけに見えても、それは全く違うものです。楽器の練習をしていてただ毎日ドレミファソラシドを弾いているように見えても日々変化があるように、コードを書くことはそれだけで変化があります。求められているものが同じでも描き方が少しずつ良くなっていったり、何を作るのかの判断が変わっていたりします。何を作るかの判断というのはどのように作るかの前の段階に常にあり、どのように作るかを支配するのです。何を作るか、を丁寧にやっていくことが、翌日の変化につながります。

私は 地味な時間 が好きなのです。そしてベストはないのです。今日書いているコードはきっと1週間も経てばより良い方法が見えていることはよくあります。明日のほうが今日のコードより良いことはよくあって、それは歓迎されるべきです。だから、あまりその時点での仕事の出来を賞賛しなくてもいいし、日々少しずつ良くすることが気がついたら半年後には大きな差になっていく。そういう職業なのだと思っていますし、そう感じています。なのでどの時点においても、その瞬間ではより良い選択をしたであろうと確信を持ちつつも、次の瞬間ではまた違う可能性を検討し始めるというのが日常なのです。

可能性があるということ は脆いことだと思っているのです。エンジニアリングというのは、決定をしながら可能性を狭めていくという側面があります。より拡張性があり、安定した方向に決定をするのです。それはコードの一行一行の場合もあれば、どのような機能を作るのかという場面でもあります。決めることを、当たり前にできるということ。これが日常で、そのための準備をそれ以外の時間にするというのが仕事なのです。

なのでベストだと言われると少し違和感があるのです。でもそういったコツコツとした日々の仕事が評価されるということは嬉しいものです。チームメンバーに恵まれ、今やっていることが少なからず認められるというのは嬉しいものです。なので私自身は自分をベストだとは全然思わないけれども、そうしたある時点で切り取った何かがよかったと言ってもらえるのは嬉しく、それはプロダクトへの褒め言葉でもあります。私は私個人が褒められるより、プロダクトが褒められる方が嬉しいのです。そういう意味で、ああこの半年の動きはよかったのだなと思った金曜日の夜だったのでした。ありがとうございました。

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加筆

可能性を狭める、というと悲観的な印象があるかもしれません。これはリスクをある程度まで抑える、コントロールする、ということです。リスクはゼロにはなりません。ソフトウェアとして可用性を担保するのは当然として、事業としてこの方向性に行くか行かないか、ということを判断していくというのがここでいう可能性、に近いものです。ソフトウェアとして選択肢が多いと、リスクも増えるのです。それを予測して、どこのリスクを許容するか、ということを考えているように思います。その点で、やはりベストはないのです。

2016年4月1日金曜日

お世話になった先輩の退職について徒然と書いてみる

お世話になった先輩が退職される ということでちょっと何か書いてみようかと思いPCに向かってみている。

私が今のVOYAGE GROUPに入社したのはもう4年前になる。4月から5年目となる。その時のOJTが小澤さんだった。私が入社した時にはそれなりに組織も大きくなっていて、私は新規プロジェクトの方を色々担当していた。SVNからgitに移行したりとかCI改善やったりしつつHadoopでの分析基盤作ったり・・色々やらせてもらったのが初年度だった。色々やりつつも事業との方向性を合わせながら試行錯誤していた。そんな中相談すると「まあやってみればいいんじゃん、やってみなよ」というのが常であった。

VOYAGE GROUPというのはいい意味で風通しの良い組織である。例えば仕事が終わったらすぐ帰ればいいとか、仕事は楽しいほうがいいとか、情報はなるべく共有できるものはしたほうがいいとか、そういう基本姿勢がある。私は最初のマネージャーである小澤さんからそういうスタンスを真似して、今こういうスタンスで働いているというところが多分にある。これは最初の上司(というと形式だってあれだなーとか言われそうなものだけれども)の影響をすごく受けているのかなとも思う。組織や文化というのはそうして伝えられて、そしてより強くなっていくものなのだろう。

4年間くらい事業に携わっているとそれなりに変化がある。例えば1インターネットユーザとしてもデバイスが変わり、ゲームが盛り上がり、音楽のストリーミングサービスが普通になって、チャットが当たり前になり、 当たり前のように動画を共有する。そうした変化を真に受けながらじゃあ自らの事業体を変えていく、新しいアプローチをしていくということをし続けていた。私はデータよりだったので、じゃあプラットフォームが変わっても同様に必要なアプローチはなんだったのか、取る必要のあるデータ、取らざるデータ、利用すべきデータ、発展するであろう領域とはなんだったのかというのを常に考えていたように思う。限られたコスト感の中で最大限効きそうなものは何かというのを作りながら考え続ける。そういう4年間だった。

今思うのは、考える力というのは、関わり続ければ続くほど増分が増していく、ということだ。増分が増すのだ。それは当たり前のことで、じゃあ組織としてはそれを考えられる人が増えることが最大の問題になってくる。組織として強くなるというのは倍々に影響を与えることなのである。私一人が1.5倍になるも難しいことかもしれないが、3人素晴らしいメンバーを採用して素晴らしい仕事をしてもらう方がはるかに尊く、遥かに難しく、遥かにインパクトのあることなのだというのをいつからか感じるようになった。とはいえエンジニアリングもその人一人のレバレッジというのはとてもあるもので、一概に言えるものではない。とはいえ組織としての強さというのを否応なく意識させられたというのもまた事実である。

私が大学生から社会人になるときに思っていたこととは色々変わったなあと思う。 だからこそ今一度、明日からの5年目に向けて、小澤さんが新卒の私を受け入れてくれた時のように、私もまた将来の可能性を持った子と対峙して、彼ら彼女らの何らかの一助となれればいいなと思うのである。

小澤さんお疲れ様でした。どうもありがとうございました。

2016年3月14日月曜日

私が一緒に働きたいエンジニア

ある日同僚に「どういう人と働きたい?」と質問をしました。一緒に働きたい人というのはいろんなイメージがあると思います。私が一緒に働きたいエンジニアとはこういう人です。

* 自分の考えの軸がある人。一つ一つの判断すべき事柄について、理由をもって人に伝えることができ、行動ができる。かつ、それが技術的な観点をはじめとして納得できること。
* 私にはない長所や強みを持っている人。人には悪いところなんてたくさんあるのだし、私も欠点はたくさんある。それを見てもくすんでしまうくらい、この人にはこんな素晴らしいところがある、という人と働きたい。そういう人との仕事は常に面白いものです。
* 技術的な問題を段階を分けて整理でき、やるべきことを判断し、次に起きうる事象についても予想しつつ対策を兼ねて実装ないし対応できる人。技術的な問題というのはとある現象から見つかることが多いものです。そうした報告が上がってきたときに、何が根本的な問題か大体の見当がつくかつかないか、というのはその後の時間の使い方に大きく関わってくるのです。
* 技術的な問題の面白さを共有できる人。私は技術的な問題を興味深く話をすることができる人というのは素晴らしいと考えています。そういう話を日頃から一緒にできるのはとても楽しいものです。
* 自ら学び、自ら変われる人。学ぶというのは自分の価値観を変える方法です。今ある技術に習熟しているとしても、常に学んで自ら変わっていく人は強いし、面白い。自分の価値観を変えることができなくなるときは、エンジニアとして何かが止まってしまうときだと私は考えています。謙虚に他の人から学ぶことができなくなってしまったら、何も教えてもらえなくなってしまうのと一緒です。
* チームメンバーを尊敬できる人。これがなくてはチームは回りません。どんないい意見も、尊敬のない関係では無意味になってしまうのです。

ぱっと思いつくのは上のことでした。私自身が私を面接するとしたらどうなるのでしょう。そう考えると私が私を落とすということがないように、私自身も上にあることを意識して仕事をするようにしています。AlphaGoのニュースを最近見ていたので、何かこれは自分が自分と対局しているようなもののように思えてきました。

2016年3月13日日曜日

聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団 J.Sバッハ『マタイ受難曲』を聴いてきました

ゲヴァントハウスと聖トーマス教会合唱団のマタイが聴ける、ということで昨日はミューザに行ってきました。

https://www.japanarts.co.jp/concert/concert_detail.php?id=376&lang=1

ヴィオラ・ダ・ガンバ、リュート、チェンバロ(第一部のみ)、オルガン。それに加えてよく抑制された弦5部。そして少年合唱。

テノールのペッツォルトさんが圧巻。音の粒が細かくなり歌詞が劇的になっていくにつれて、オケの空気を変えていく。言葉と音楽の力を合わせて使って場面を一気に変えてしまう。そしてものすごい響き。ふくよかさというか、面じゃなくて空間で押し寄せられるような発声。特に第二部では、例えば死の場面では小さな、無念さのある歌詞のところでppで、それでも響いて旋律が生きている。これでまたオケの雰囲気が変わっていて引き締まってくる。これはすごい体験でした。

あとはアリア「憐れみ給え、わが神よ」。これが美しかった。単純にこのアリアが好きだったので、聴けてよかった・・・。ここのヴァイオリン合奏とアルトの組み合わせは本当に素晴らしい。感動した。そしてコラール「いつか私がこの世を去るとき」。和声の美しさ。頭の中にはフォリオス。

マタイ受難曲を聴くと思うのは、やはり言葉が中心にあるのだということ。これは去年ヨハネ受難曲を聴いたとき(コルボ + ローザンヌ、あの演奏は本当に素晴らしいものでした)にも感じたことで、私からは遠くの出来事であるように感じながらも、それを支える音楽というのはやはりすごいものだなと思うのでした。

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マタイ受難曲をホールで聴くのは初めてでした。大学のドイツ語の授業で、1942年頃に演奏されたマタイ受難曲の録音がこの世の終わりのような雰囲気を出していたのを印象深く覚えていました。ドイツ語は第二外国語として学んでいたのですが、その先生は音楽、特にバッハが大好きな先生でマタイの歌詞を聴き取るというのを授業中にやりました。ドイツ語は字と発音が一致しているので、単語さえ知っていれば聴き取りやすいものです。(とはいえ私はもうほとんどドイツ語を忘れてしまいましたが・・)

2016年3月1日火曜日

Tokyo to New York 2016終演しました

Tokyo to New York 2016、終演しました。ご来場いただいた皆様、どうもありがとうございました。

トムとは去年に引き続き2回目の本番となりました。まだまだ私は舞台にいると客観的に演奏を聴けてないのですが、少なくとも舞台上では演奏していることを楽しみました。合屋さんのA Summer Long Goneではすごくゆっくりなテンポになりましたが、リラックスして本番に入れたことが良かったように思います。リベルテもアンサンブルとして、本番でより深く落ち着くということができるようになってきたのかもしれません。そう思えば田口さんのAzure Childでは途中からだいぶ加速していきました・・がカオスな感じがうまく出ていれば、と思っています。Mooseの初演ではクラリネット+ピアノ+マンドリンアンサンブルという今まで私たちもやったことのない組み合わせとなりました。初めてやることはいつも面白いもので、こういう機会をいただけて嬉しかったです。打ち上げでも聞いてくださった皆さんといろいろお話を伺ったのですが、やはりもっとマンドリンアンサンブルの響きを出していかないと特にピアノとのバランスが取れないという話がありつつも、こう言った試みの面白さや可能性を楽しんでいただけたようでした。作曲してくださった川上さんに感謝です。

当日白寿ホールに着いたらゲネプロがもう始まっていて、高橋アキさんが西村さんの静寂と光を演奏されていました。舞台裏で聴いただけで、ああこれはアキさんが弾かれているのだろうなとなぜか分かってしまう不思議さがありました。どうやったらあのように和音が聴こえてくるのかわからないのですが、複雑そうな和音がとても自然に降ってくるのです。ああ素晴らしいなぁと思いながら聴いていました。私がクラシックを聴き始めた19歳くらいの頃からAki TAKAHASHI plays TAKEMITSUを聴いていて、そのCDの中の曲想や雰囲気が好きだったのでした。そんなこともあって、今回一緒に演奏させていただく機会をいただけたのはとても嬉しく、私にとっては素晴らしい1日となりました。

http://blog.kentasuzuki.net/2016/02/tokyo-to-newyork-2016.html

2016年2月21日日曜日

Tokyo to New York 2016 に出演します

来週の日曜日、Tokyo to New York 2016に出演します。白寿ホール、14:30開場15:00開演です。

 
 
昨年、リベルテとしてマンドリンとクラリネットシリーズで共演したクラリネット奏者、Thomas PIERCYさんの主催するコンサートシリーズになります。2013年に開始されて、今年は4年目になります。今回はリベルテとして以下の3曲を演奏します。

Masatora GOYA  合屋正虎   “A Summer Long Gone” Concerto for Clarinet  (Composed for Thomas Piercy)
Osamu KAWAKAMI  川上統    "Moose" Double Concerto for Clarinet and Piano  (Composed for Aki Takahashi and Thomas Piercy)
Kazuyuki TAGUCHI 田口和行 “Azure Child” Double Concerto for Clarinet and Mandolin (Composed for Thomas Piercy and Go Mochizuki)

合屋さんのA Summer Long Goneは昨年のマンドリンとクラリネットの際に初演した作品です。クラリネット協奏曲となっています。初回リハですぐにテンポや呼吸あわせも安定しました。リベルテでクラリネットと演奏をするのは前回が初めてでしたが、個人的にはだいぶ呼吸を合わせたり、歌いやすくするためにどう弾いたらいいかというのを感覚としてつかめてきたように思います。

川上さんのMooseはピアノとクラリネットの二重協奏曲です。今回が初演となります。ピアノは高橋アキさんです。昨日初めて全体集まったリハがあり、合わせをしました。トムが「その音がMooseっぽいよね」などと冗談を言いながら練習していたりするのですが、Mooseというのは日本語で言うところのヘラジカのことのようです。私はすっかり魚の名前だと思っていました。川上さんの作品は魚の絵のイメージがあったのです。去年12月の演奏会で演奏した川上さんのヘリコプリオンではバリバリとした攻撃的な曲でしたが、このMooseは音がぐっと減って、1つ1つ音の跳ねる感じを強くつけていくように弾いています。そこにピアノとクラリネットがあって、リベルテとしてはだいぶシビアにイントネーションやリズム感、音の輪郭やソリッドさを要求されているように思いました。

田口さんのAzule Childはクラリネットとマンドリンの二重協奏曲となっています。昨年のマンドリンとクラリネットの際に初演した作品です。この曲は個人的にはすごく楽しい曲です。途中でとある曲の引用があってお茶目なのですが、そのままマンドリンとクラリネットが遊びまわっていく、といったらいいのでしょうか、それくらいこう自由な感じで遊びがある曲です。すごく余談かつマニアックなポイントを説明すると、クラシックギターでこれだけピックを使った曲は個人的には初めてで、この一年間でだいぶピッキングスキルが上がって気がしています。でも確かに、途中の荒れていく部分では指だと辛いのです。

すごく個人的な話ですが、高橋アキさんのピアノは1ファンとして色々な演奏をCDごしに聞いていました。武満さんのピアノ作品はほとんど高橋アキさんの演奏で初めて聞いたものでした。なので昨日一緒にリハーサルできたのはとても嬉しいことでした。とはいえもちろん本番の舞台は客席ではありませんから、しっかり弾いていけるように準備していこうと思います。

以下コンサート概要です。

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Tokyo to New York 2016 Tokyo - TONADA PRODUCTIONS
http://www.tonadaproductions.com/tokyo-to-new-york-2016-tokyo.html

「Tokyo to New York」コンサートシリーズは東京とニューヨークの絆と音楽を祝うコンサートシリーズです。いわゆる西洋の楽器と日本の伝統楽器のために作曲された曲目を演奏します。アバンギャルドからコンテンポラリー、前衛からミニマリズム、またはJポップや ジャズなど幅の広いスタイルの音楽をお届けします。「Tokyo to New York」コンサートは、日米の作曲家とその両国で活動する演奏家とのコラボレーションによるコンサートです。 初年度2012年以来、「Tokyo to New York」コンサートシリーズで初演した作品数は、世界初演58作品、日本初演16作品、米国初演21作品を数えています。

米国での「Tokyo to New York」コンサートはニューヨークタイムズ紙の批評家のピックアップ・コンサートとして選ばれ、NYClassical Review紙は「Tokyo to New York」コンサートをニューヨークにおけるコンサートシーズンのハイライトとして紹介しています。 Lucid Culture Magazine は「優れた演奏に裏打ちされたジャンルの広い、新作品を集めた室内楽コンサート」と 評されました。

ニューヨークのオンラインマガジンLucid Cultureには、「ピアシーが奏でる日本とアメリカの作曲家たちによる芳醇なプログラム」、「目を見張るような多様性と技巧性にあふれた室内楽作品 は、日本の作曲家によるニューヨークへの視点と、アメリカの作曲家による日本への視点に基づいて書かれている。作品の多くは比較的短いけれども、演奏者たちはみな情熱と深い洞察力、繊細さを持って、多種多様な性格を持つ作品群を見事に解釈してみせた」と評価されています。


2016年2月19日金曜日

仕事をすること、お金のこと。そして満足感の話。

「どれくらい給料をもらえば満足するのかわからない」

そういうこともある。私がプロとしてした仕事がどれくらいの価値があるの?というのは価値を測る人にしかその場面に立たない。その人がスキルがあって、仕事が専門的になり、仕事内容をわかりやすくいくら説明したとしても、そして成果物自体がわかりやすくてそのプロセスがあまりにわかりづらかったとしても、価値を測る人にはそこで価値を測るしかない。これは健全である。見える形の仕事、求められた仕事、あるいは与えられた範囲を超えて、期待を超えてより良いものを出すこと、あるいは期待を超える方法を想像すらされていない場合に形を変えてものを提供すること、そういったときに面白さを感じるものである。

普段を仕事をしてお金をもらっている。私はプログラマなので、ある仕事をこなして、信頼してもらって、「じゃああなたにはこれくらい払いますね」といった塩梅で給料を頂いている。どれくらいそれに時間をかけたのか?それは関係ない。やったこと、こなしたこと、私が発想したこと、実現したこと、影響を与えたこと、そういったことをいろいろ加味して、いや正確には加味できる範囲で評価をして、具体的な額を決めていく。そんなフェーズがある。

これはとても平等とは言い難い。同じプログラマ、ソフトウェアエンジニア、場合によっては技術領域のことをやっているというだけで、人を評価しなければならないこともある。どれくらいその人がやったことに価値があるか、ということに今度は自分が評価する側で関わる機会が増えてきたりする。その時になんと評価して良いかというものにはすごく悩む。悩しすぎる。私も専門家だけれども、私の専門や強みと完全に重なっている人などいないし、かつ私がわかる部分だけで、その部分だけで評価をしてしまってはその人の仕事を完全に評価できたとは言えないのである。私の仕事のすべてを見て欲しい、そういう要望というのは多くの場合叶えられないものなのである。対価とはそういったある種の非対称性をくぐり抜けてもなお伝わった先に、「価値があるな」という認識がお互いにできたときに初めてプラスになっていくものだろうと、私は思っている。

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満足感について。私が日々どういう考えでキーボードとディスプレイに向かっているのか。なぜプログラムを書いて、楽しい、いや楽しいのだがやはり、ディスプレイを見るのは疲れるし、長い間座って作業をするのは、まあ立っているよりは個人的には楽だけれども大変なことだし、何より集中し続けなければいけない。100%の体調がずーっと続くことはなくて、体調にも波があるから、それを見越して長い長い行程を持続して走り抜ける必要がある。私個人としては何かを作ろうと思う時は楽しいし思い描く時は楽しいけども、やはり詰まる時や実際に描いたものがなかなか動かない時には頭を抱えながら進めるのである。楽しいから楽なんでしょう、というのではないのである。どちらかというとじーっとこらえて、こらえて、そのあとにちょっと嬉しい瞬間が何かあって、そのためにものを作っているのである。言うなれば少なくても90%くらいは耐える時間が続くものである。

じゃあそういう、人それぞれにあるそういったものづくりの過程があって、評価という軸に乗せた時にそれが全部観れるのか?そんなことは評価されないのである、いや、評価できないと思っているし、中途半端にそれを見極めることはできないように思う。「私の仕事を見てくれ、素晴らしい仕事をしたのだから」と主張しても10%くらいつたわれば多い方だ。そういう方法で満足感を高められるのだろうかというと難しいものなのである。

人それぞれに受け取り方はあると思うのだけれど、私の中で満足感、仕事に対して、私の書いたコードに対して、実現された物事に対して、その完成度や変化に対して価値を重んじるのは、自分自身の中の問題なのである。ものを作るというのは、ものすごく私的な事柄であって、考えて何かを作るというのは至極自分との戦いなのである。どういう時間にも、シャワーを浴びていても、友達と飲んでいても、歩いていても、四六時中頭の中にはそのことがどうしても離れなくて、それを苦としない体制を自分の中で作り上げて、自分の満足できるものを作るということをしている。満足というのは、満足という字面ほど素晴らしいものではなくて、何かしら、その時点で自分自身の納得感を作るということに他ならない。なので、その時満足したことでも次の時点では満足しないというのが常である。同じものを作っても面白くないでしょう?工夫のないものを作っても面白くないでしょう?

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そんな話を今日だいぶ雑多な感じで話をしていたんだけれども、いろんな人と話していてどういう時にエンジニアの仕事というのは面白いのでしょうかと聞かれた時に、それがとても内面的なことなんですよとお話ししても伝わりづらいように思うのはとても難しいことであるなと思ったりする。全員がそうだというわけでもなく、とても僕の個人的な話として、そういうことなんですよとお伝えするようにしているのだけれども、じゃあそれはすごくインパクトのあるアウトプットがあったから嬉しいかとか、1億人に使われたから嬉しいかとかそういうことではなくて、1個人の作り手としてはすごく内面的な経験の積み重ねなんですよということを、言うなればぼやいていたのであるということにまたこう書いていて気がつかされる。

きっとこう言う話は、ある意味損であるかもしれない。でも仕方ないのかなとも思っている。プロとしてやるということは、そういう覚悟の決め方をして他の人たちの土俵に上がって、比較されながらその上で信頼してもらうしかないという、そういう働き方をしているということなのだと思う。そして進めば進むほど土俵には人がいなくなっていく。わかりやすく比較してもらう人がいる場合というのはある意味幸運なのである。そう言ったジレンマを抱えながらも、進み続けるしかないというのもまた、難しいものだなと思わざるをえないのである。それもまた、覚悟を持って取り組み続けるということの一環でもあるのだ。

2016年2月14日日曜日

「わたしを離さないで」を読んだ

さっき読み終わって呆然としている。最後まで一貫して少女の語り口が続いていって消えていってしまった。

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「わたしを離さないで」はカズオ・イシグロさんの小説である。先日本屋でばったり見つけた。今ドラマもTBS系列でやっている。1話だけ見たのだがあとは録画していてまだ見ていない。

こんなにも終始切なさのつきまとう小説があるだろうか。今まで読んだ小説の中で、もしかしたらもっともシンプルな構成かもしれない。主たる登場人物も少なく、心の動きがほとんどだ。最後まで一貫してキャシーの視点で書かれている。その描き方がずーっと一定した距離を保っている。自分を見つめている視点の距離がぶれない。そして朗々と話が進んでいく。良いメロディーでも感情的に演奏しすぎるとかえって良さを損なってしまうことがよくある。この小説は良いストーリーを、朗々と主人公の視点で時系列に描き、一定のペースですっと読み手に伝えてくる。あまりにも読みやすいので3時間ほどで読んでしまった。そして今ぐっと重みを感じている。

ストーリーを紹介すると3行でまとめられそうなのだが、それをしてしまっては意味がないのでやめておく。いや、もちろんそれを知っても十分楽しめる小説であることは間違いないのだけれども、せっかくだから何も知らない状態で読むのが一番だろうと思う。

ドラマの1話ではすでに小説の中の核心的な事実を既に導入されていた。ドラマも楽しみである。

ai kuwabara trio [email protected]

[email protected]を聴いていて、せっかくだし普段のバンド編成での演奏を聴いてみたいなあと思い新宿ピットインに行ってみた。初ピットイン。予約をして行ったのだけど普段のコンサートホールと違って、一人一人名前を呼ばれて入場するのが新鮮。病院の受付か、いや、何か闘技場に入っていくような感じか。直前に予約をしたので立ち見になってしまったのだけど、私の後からもどんどん人が入ってきていて結果的に会場のお客さん半分くらい立ち見だったんじゃないだろうか。大盛況である。

音を聴いてまず思うのが、前回ブルーローズで聴いた時と比べて音の輪郭が全然違うこと。エレキベースの音がしっかり音色を持って聞こえる。ホールで聴くのも好きだけど、こっちの方が、というかピットインのこの会場がすごく近いので良い。ドラム・ピアノ・ベースの音のバランスも心地よくて、生で聴くのに気持ち良い。普段ジャズはCDでしか聴けていないのでもっとちゃんと会場に足を運ぼうと反省した。

曲の始まりからガツンと殴られるように展開してくる。おお、ドラムが入るとこんなに違うのかと驚く。ドラムは号令のようなものなのかもしれない。会場の温度感をどんどん上げていって、場所を作ってしまう。そう思えばピアノがそのリズムに答えつつ遊びまわって、音程をつけてリズムを少し変えて展開していく。いろんなCDを聞くと思うのは、ai kuwabara trio projectで面白いのはエレキベースの使い方じゃないかなぁと感じる。あんなに旋律的に、音場を作るためにエレキベースを使えるものなのだなぁと思う。僕がクラシックギター弾きだからそう感じるのかもしれないけど、エレキベースというのはまだまだいろんな可能性があるのだろうなあと思う。今日も、いわゆるE-Bowのような音の出し方をしたりという、なんだろう、バラードの曲の時に擦弦的な音の出し方をするようなことをしていたり。これも掛け合わせあってのことなんだけども、ああ効果的だなぁと思いなあがら聴いていた。

途中でHandsという曲があって、これは今日の新曲とのことだった。きっとどのあたりがうまくいったか?と出演者の皆さんに聞けばいろんな話が聞けて面白いのだろうなぁと思うけども、個人的にはこの曲のフリーな部分が面白かった。いい意味で一番予想できなかったのである。ウッドベースはずっと規則的にリズムを刻んでいくのだけども、ドラムとピアノが全然違う拍子を取りながら(もしかしたらそう聞こえるだけなのかも?でも少なくとも違う拍子感を取っているように聞こえた)、でもお互いに作用しながらずっと曲が進んでいくのである。本当にジャズは耳で弾けるのだなあと見ていて思うのだった。

2016年1月31日日曜日

アンネの日記・シンドラーのリスト

先週からアンネの日記を読んでいて、今日の昼に読み終わった。日記が途切れ、あとがきを読んでいてこの何があっても前向きな書き手が送還され人生を終えるということを知り、何も言葉が出てこない。隠れ家となった建物はアムステルダムに保存されているらしい。いつか行ってみたいものだ。

読み終わった後に1940-1945年の出来事について調べていると「シンドラーのリスト」でこの辺りの話が書かれていると知った。ナチスによるユダヤ人大虐殺を扱っている。そこでこれをさっき借りて今見終わった。呆然としてしまった。もちろん音楽、白黒の描写、光の使い方、脚本、そういったものについて素晴らしいと思いながらも、ただただ内容に打ちひしがれてしまった。こんな映画があっていいのだろうか?もっと早く観ればよかった。数えてみると公開された当時は年齢制限で私はまだ見れない年だった。確かにこれは見れない。

2016年1月17日日曜日

新日本フィル「戦争レクイエム」を聴いてきた

今日は新日本フィルの戦争レクイエムを聴きにすみだトリフォニーへ。生で聴けてよかったの一言。こんなにも演出のある曲だったのかと驚く。ソリストもさることながら合唱のppがじっくりホールを浸していって、ホールでしか聴けない響きに。

テノールのボストリッジさんの演奏は初めて聴いた。2. DIES IRAEのソロ。6. LIBERA MEのソロ。ものすごい説得力だった。言葉と表現が結びついていて、なんとも言い難い。歌い回しのテクニカルな部分はよく知らないけど、浸るように聴いていた。

3Fで聞いていたので児童合唱は横から聞こえてくる形に。1Fで聴いたら上から降ってくるように聞こえたのだろうと思うと、その体験もしてみたかった。ラテン語は子音の発音が聞き取りづらいのかわからないが、興味深く聞いていた。英語やドイツ語とは発声が異なっていて、歌うのが難しいのかも。

LIBERA MEの冒頭(だったかな?)のバスドラのトレモロがすごく効果的だった。これは録音だとよくわからないところ。ダブルベースより低く、地鳴りが鳴る中で天から降りてくるようにソプラノと合唱が降ってくる。すごい曲である。

合唱のppでのアーメンのところが顕著だったが、高音の解像度と低音の抱擁する伸ばし方のバランスが絶妙だった。本当に薄く透き通っているのだけど、息づいていてぐーっと響き渡ってくる。お互いにモニタリングしあって響きを想像できないとああいう音にはならない。どういう指示だったのだろう。


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#551 定期演奏会 : 新日本フィルハーモニー交響楽団 New Japan Philharmonic
http://www.njp.or.jp/archives/17556 


2016年

1月15日(金)19:15開演 会場:すみだトリフォニーホール
1月16日(土)14:00開演 会場:すみだトリフォニーホール

#551 定期演奏会
<当日券・学生券あり>

■プログラム
ブリテン作曲 戦争レクイエム op.66

■出演者
指揮:ダニエル・ハーディング
ソプラノ:アルビナ・シャギムラトヴァ
テノール:イアン・ボストリッジ
バリトン:アウドゥン・イヴェルセン
合唱:栗友会合唱団
合唱指揮:栗山文昭
児童合唱:東京少年少女合唱隊
児童合唱指揮:長谷川久恵

2016年1月10日日曜日

スパイラル聲明コンサートシリーズ 螺旋曼荼羅海会に行ってきた

スパイラル聲明コンサートシリーズ 螺旋曼荼羅海会へ。今年1つ目の演奏会。初めて青山スパイラルに行きました。螺旋状の会場を活かして、四方八方から音が飛んでくる。集中しっぱなしの90分でした。そして、90分通しての演奏、お坊さんの集中力がすごい。

面白いのは一人一人の声の揺れ。これが尺八のように揺れを伴って響いてくる。これが30人近い合唱になると、わずかな周波数の違いがうなりを作る。これが四方から歌われることで面白い効果を生み出していた。しかも決まった音程ではなくて、相対的な音程で歌われるので、場面ごとに全然異なる響きに。

太鼓が入るとそれまで歌い上げられていたものが明確なリズムをもって展開される。逆にここで初めて楽器が導入されるとも言える。だいたい最初の60分くらい?はずっと声だけなのだからすごい。

声明と言うのを初めて聞いたけど、風の歌の説得力(と言っていいかわからないけど)がすごいなぁと。それと儀式の歌というのもあって、お坊さんたちの動きがすごく一定で、歌う時の体の動きを感じさせられなかった。自然な体で唱えるというのはよっぽど慣れてないとできないことのように思う。
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https://twitter.com/suzu_v/status/686189777691881472

螺旋曼荼羅海会 | EVENT SCHEDULE | SPIRAL WEB
https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_1725.html

■日時:2016年1月9日(土)20:30開演(20:00開場)
         1月10日(日)20:30開演(20:00開場)

■会場:スパイラルガーデン(スパイラル1F)

◆『螺旋曼荼羅海会』◆
法螺貝・云何唄・散華(上段・下段)・対揚ほか
挿入歌 「風の歌」「夜の歌」作曲:桑原ゆう

出演:声明の会・千年の聲
構成・演出:田村博巳
作曲:桑原ゆう
宣伝美術:井原靖章
制作:スパイラル/NPO法人魁文舎/声明の会・千年の聲
助成:芸術文化振興基金
主催:声明の会・千年の聲/株式会社ワコールアートセンター