2011年5月26日木曜日

ものの儚さ

久々に父と話した。出張で東京にきた時はいつも話をする。

人生にはいくつかの段階がある。そして、死というものから人は目を背けることはできない。死という瞬間だけにとらわれず、その人の人生そのものを大切にする。

誰かと過ごした時間というのは、定量的に測れない何かがある。昔の、僕らがまだ子供だったころの写真には、面影が残る。その瞬間にその人と過ごしている時間は、後から大切なものだと気がつくものだ。

人はどうしても社会的な生き物なのだと僕は思う。信頼することができるのは、幸せなことだ。最終的な結果がどうであれ、誰かを信頼し、また信頼される行いをしていくということは、本能的かつ人の本質的行動のひとつなのではないかと思う。


余談

普段から電子機器に触れることが増えている。データはかたちのないものなのだと父は言う。一瞬、データは冗長化可能で、半永続的なものだと思い浮かんだが、アナログな写真のもつ雰囲気には届かない。実態のあるものに儚さを感じるのもまた、人の特性なのかもしれない。

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